第32話 深海の迷宮

 神殿の中は、想像以上に広かった。

 

 長い廊下が続き、天井は高い。

 

 壁には、古代の文字が刻まれている。

 

 リーナが、光の魔法で廊下を照らした。

 

「不気味ですね」

「ああ」

 

 ガルドも、警戒している様子だった。

 

「いつ、魔物が現れてもおかしくない」

 

 私たちは、慎重に廊下を進んだ。

 

 水中なので、動きが遅い。

 

 でも、深海用の防具のおかげで、水圧には耐えられた。

 

 十分ほど進むと、広い部屋に出た。

 

 部屋の中央には、巨大な石像が立っている。

 

 人魚の像だった。

 

「美しいですね」

 

 私は、像を見上げた。

 

 でも、次の瞬間。

 

 像が、動いた。

 

「何?」

 

 人魚の像は、生きていた。

 

 いや、魔物だった。

 

 像が、私たちを見下ろした。

 

 そして、高い声で歌い始めた。

 

 美しい、でも不気味な歌。

 

「耳を塞げ」

 

 アレンが、叫んだ。

 

 私は、耳を塞いだ。

 

 でも、歌声は頭の中に響いてくる。

 

 体が、動かなくなっていく。

 

「セイレーンの歌です」

 

 リーナが、杖を振った。

 

「聞いた者を、魅了する魔法の歌」

「...」

「対抗魔法を」

 

 リーナは、魔法を唱えた。

 

「沈黙の結界」

 

 透明な結界が、私たちを包んだ。

 

 歌声が、聞こえなくなった。

 

 体の自由が、戻った。

 

「ありがとう、リーナ」

 

 アレンは、剣を抜いた。

 

 そして、セイレーンに向かって泳いだ。

 

 セイレーンは、歌を止めて、爪で攻撃してきた。

 

 鋭い爪。

 

 アレンは、それを避けた。

 

 そして、剣でセイレーンを切りつけた。

 

 セイレーンは、苦痛の叫びを上げた。

 

 ガルドも、大剣で攻撃した。

 

 二人の攻撃で、セイレーンは徐々に弱っていった。

 

 そして、ついに、倒れた。

 

 石像に戻って、動かなくなった。

 

「ふう」

 

 アレンは、剣を鞘に収めた。

 

「最初から、強敵だな」

「ああ」

 

 私たちは、再び奥へ進んだ。

 

 神殿は、複雑に入り組んでいた。

 

 いくつもの部屋、いくつもの廊下。

 

 まるで、迷宮のようだった。

 

 そして、その度に、魔物が現れた。

 

 巨大な蟹のような魔物。

 

 鋭い鋏を持っている。

 

 電気を放つ、ウナギのような魔物。

 

 触手を持つ、タコのような魔物。

 

 どれも、強力だった。

 

 でも、私たちは一つ一つ、倒していった。

 

 アレンの剣技、ガルドの力、リーナの魔法。

 

 そして、私の医療知識。

 

 みんなで協力して、乗り越えていった。

 

 二時間ほど進んだところで、リーナが立ち止まった。

 

「どうした」

「魔力が、残り少なくなってきました」

 

 リーナは、疲れた顔をしていた。

 

「光の魔法を、ずっと使っているので」

「...」

「そろそろ、限界です」

 

 私は、魔力回復の薬を取り出した。

 

「これを」

「ありがとうございます」

 

 リーナは、薬を飲んだ。

 

 少し、顔色が良くなった。

 

「少し、休もう」

 

 アレンが、提案した。

 

 私たちは、その場で休憩を取った。

 

 水中での休憩は、不思議な感覚だった。

 

 座ることもできず、ただ浮いているだけ。

 

 でも、体は少し楽になった。

 

 三十分ほど休んでから、再び歩き始めた。

 

 さらに進むと、巨大な扉が見えてきた。

 

 他の扉よりも、遥かに大きい。

 

 そして、扉には、複雑な紋章が刻まれている。

 

「これが、最深部か」

 

 アレンが、扉を見上げた。

 

「おそらく」

 

 リーナは、紋章を調べた。

 

「この紋章は、封印の魔法です」

「...」

「解除できますか」

「時間はかかりますが、できると思います」

 

 リーナは、杖を扉に向けた。

 

 そして、解呪の魔法を唱え始めた。

 

 十分ほどすると、紋章が光り始めた。

 

 そして、消えた。

 

 扉が、ゆっくりと開いた。

 

 中は、広い部屋だった。

 

 円形の部屋で、中央に台座がある。

 

 台座の上には、黒い宝石が置かれている。

 

 闇の心臓の欠片だ。

 

「あった」

 

 私は、嬉しくなった。

 

 最後の欠片。

 

 これで、すべて集まる。

 

 でも、アレンは警戒していた。

 

「待て」

「...」

「簡単には、取れないはずだ」

 

 アレンは、部屋を見渡した。

 

 そして、天井を見上げた。

 

 天井には、巨大な影があった。

 

 それは、ゆっくりと降りてきた。

 

 巨大な、海の怪物。

 

 タコとイカを合わせたような姿。

 

 無数の触手を持っている。

 

「クラーケン」

 

 リーナが、震える声で言った。

 

「伝説の海の怪物です」

 

 クラーケンは、私たちを見下ろした。

 

 そして、低い声で言った。

 

「我は、深海の守護者」

「...」

「何者も、この地の宝を奪うことは許さぬ」

 

 クラーケンは、触手を伸ばしてきた。

 

 巨大な触手が、私たちに襲いかかった。

 

「避けろ」

 

 アレンが、叫んだ。

 

 私たちは、必死に触手を避けた。

 

 でも、水中では動きが遅い。

 

 一本の触手が、ガルドを捕らえた。

 

「くそ」

 

 ガルドは、大剣で触手を切ろうとした。

 

 でも、触手は硬い。

 

 簡単には、切れない。

 

「ガルド」

 

 アレンは、ガルドの方に泳いだ。

 

 そして、剣で触手を切りつけた。

 

 何度も、何度も。

 

 ようやく、触手が切れた。

 

 ガルドは、解放された。

 

 でも、クラーケンには、まだ多くの触手がある。

 

 次々と、触手が襲ってくる。

 

「きりがない」

 

 ガルドが、叫んだ。

 

「本体を、倒さないと」

「ああ」

 

 アレンは、クラーケンの本体を見た。

 

 巨大な頭部。

 

 そこに、二つの大きな目がある。

 

「あそこだ」

「...」

「目が、弱点かもしれない」

 

 アレンは、クラーケンに向かって泳いだ。

 

 触手を避けながら、本体に近づいていく。

 

 そして、目に剣を突き刺した。

 

 クラーケンが、苦痛の叫びを上げた。

 

 触手が、激しく暴れた。

 

 私たちは、吹き飛ばされそうになった。

 

 でも、アレンは剣を離さなかった。

 

 さらに深く、突き刺した。

 

 クラーケンの動きが、止まった。

 

 そして、ゆっくりと、海底に沈んでいった。

 

 戦いは、終わった。

 

「やった」

 

 ガルドが、嬉しそうに言った。

 

 アレンは、台座に泳いだ。

 

 そして、欠片を手に取った。

 

 黒い宝石。

 

 四つ目の、最後の欠片。

 

「これで、すべて揃った」

 

 私は、感動した。

 

 長い旅だった。

 

 氷山、古代遺跡、火山、そして海底神殿。

 

 すべての試練を、乗り越えた。

 

「帰ろう」

 

 アレンが、言った。

 

 私たちは、神殿を後にした。

 

 来た道を戻って、海底から浮上していく。

 

 光が、徐々に明るくなってくる。

 

 そして、ついに、海面に出た。

 

 太陽の光が、眩しかった。

 

 カイルの船が、待っていてくれた。

 

「おお、戻ってきたか」

 

 カイルは、驚いた顔をした。

 

「本当に、生きて帰ってくるとは」

 

 私たちは、船に上がった。

 

 潜水服を脱いで、普通の服に着替えた。

 

 久しぶりの陸の感覚だった。

 

「さあ、港に戻ろう」

 

 カイルは、帆を上げた。

 

 船は、港へと向かった。

 

 私は、甲板に立って、海を見ていた。

 

 美しい海。

 

 危険だったけれど、神秘的だった。

 

 アレンが、隣に来た。

 

「水野」

「はい」

「よく、頑張ったな」

「アレンさんこそ」

 

 二人で、微笑み合った。

 

「これで、すべての欠片を集めた」

「ええ」

「あとは、王都に戻って」

「...」

「欠片を、破壊する」

 

 アレンは、空を見上げた。

 

「そして、魔王の復活を、完全に阻止する」

 

 私は、アレンの手を握った。

 

「そして、結婚しましょう」

 

 アレンは、微笑んだ。

 

「ああ」

 

 船は、港へと向かった。

 

 私たちの、長い旅が、終わろうとしていた。

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