第31話 西の海へ
翌朝、私たちは出発した。
エリーゼとメルキオールが、見送りに来てくれた。
「アレン、水野様、ガルド殿、リーナ殿」
エリーゼは、一人一人の名前を呼んだ。
「どうか、無事に」
「ああ、必ず帰る」
メルキオールは、小さな袋を私たちに渡した。
「これは、緊急用の転移の魔法石です」
「転移?」
「ええ。命の危険を感じたら、これを砕いてください」
「...」
「王都まで、一瞬で転移できます」
アレンは、袋を受け取った。
「ありがとうございます」
「ただし」
メルキオールは、真剣な顔で言った。
「一度しか使えません」
「...」
「そして、使った後は、しばらく魔法の力が使えなくなります」
「わかりました」
私たちは、馬車に乗り込んだ。
西へ。海へ。
王都から、二週間の旅。
最初の一週間は、平原を進んだ。
でも、二週目に入ると、景色が変わってきた。
木々が増え、空気が湿ってきた。
そして、十二日目に、海が見えてきた。
広大な、青い海。
波の音が、聞こえる。
「海だ」
私は、感動した。
日本でも海は見たことがあるけれど、この世界の海は、どこか違う。
もっと、神秘的だった。
二週間後、私たちは西の港町に到着した。
この町は、海底神殿への玄関口として知られている。
漁師や船乗りたちが、多く住んでいる。
宿屋に荷物を置いた後、私たちは港に向かった。
情報を集めるためだ。
港には、多くの船が停泊していた。
漁船、商船、そして冒険者用の小型船。
「すみません」
アレンが、一人の老漁師に話しかけた。
「海底神殿について、教えていただけませんか」
「海底神殿?」
老漁師は、眉をひそめた。
「あんな危険な場所に、行くつもりか」
「ええ」
「やめておけ」
老漁師は、首を振った。
「海底神殿に行った者で、帰ってきた者はほとんどいない」
「...」
「海の魔物が、無数にいる」
「...」
「そして、神殿自体が、呪われている」
それでも、私たちは情報を集めた。
何人もの漁師に話を聞いた。
そして、ようやく、海底神殿への道を知っている船乗りを見つけた。
「俺の名は、カイル」
若い船乗りが、自己紹介した。
「海底神殿なら、知っている」
「本当ですか」
「ああ。一度だけ、近くまで行ったことがある」
カイルは、地図を広げた。
「神殿は、ここから西に二日」
「...」
「深海の底にある」
「...」
「水深は、三百メートル以上」
ガルドが、驚いた顔をした。
「三百メートル」
「ああ。普通の人間では、到達できない深さだ」
カイルは、私たちを見た。
「本当に、行くつもりか」
「ああ」
アレンは、頷いた。
「行かなければならない」
「...わかった」
カイルは、少し考えて、言った。
「なら、俺の船で連れて行ってやる」
「本当ですか」
「ああ。ただし」
カイルは、指を三本立てた。
「条件が三つある」
「...」
「一つ、報酬は金貨百枚」
「...」
「二つ、危険になったらすぐに引き返す」
「...」
「三つ、何があっても俺を責めない」
アレンは、少し考えて、頷いた。
「わかった。条件を飲む」
「よし」
カイルは、手を差し出した。
「契約成立だ」
翌日、私たちはカイルの船に乗り込んだ。
中型の帆船で、頑丈そうだった。
「この船は、嵐にも耐えられる」
カイルは、自慢げに言った。
「俺の自慢の船だ」
船は、港を出た。
西へ、西へ。
海の上を進んでいく。
私は、船の上で海を見ていた。
美しかった。
青い海、白い波、遠くに見える島々。
「水野」
アレンが、隣に来た。
「海は、初めてか」
「いえ、日本でも見たことがあります」
「そうか」
アレンも、海を見た。
「俺は、海が好きだ」
「...」
「広くて、自由で」
アレンは、微笑んだ。
「でも、同時に、恐ろしくもある」
「...」
「海には、多くの危険が潜んでいる」
その言葉通り、航海は順調ではなかった。
二日目の午後、突然、嵐が来た。
空が暗くなり、風が強くなった。
波が、激しく船を揺らした。
「嵐だ」
カイルが、叫んだ。
「みんな、船室に入れ」
私たちは、船室に避難した。
船が、激しく揺れる。
波の音が、恐ろしい。
「大丈夫か」
アレンが、私の肩を抱いた。
「は、はい」
でも、怖かった。
船が、転覆するんじゃないかと思った。
嵐は、三時間続いた。
そして、ようやく止んだ。
私たちは、船室から出た。
カイルが、疲れた顔で操舵輪を握っていた。
「大丈夫か」
「ああ、なんとか」
カイルは、前方を指した。
「見ろ」
そこには、小さな島が見えた。
「あれが、神殿島だ」
「...」
「海底神殿の、真上にある島」
島は、岩だらけで、木も草もほとんどなかった。
荒涼とした、寂しい島だった。
船は、島の近くに停泊した。
「ここから先は、潜るしかない」
カイルが、言った。
「俺は、ここで待っている」
「わかった」
私たちは、潜水の装備を身につけた。
潜水服、水中呼吸の魔法具、深海用の防具。
すべて、エリーゼが用意してくれたものだ。
「行くぞ」
アレンが、海に飛び込んだ。
次に、ガルド、リーナ。
そして、私。
冷たい水が、体を包んだ。
でも、水中呼吸の魔法具のおかげで、呼吸ができる。
不思議な感覚だった。
私たちは、深く、深く、潜っていった。
光が、徐々に薄れていく。
周りは、暗くなっていった。
リーナが、光の魔法を使った。
「光よ」
杖が光って、周りが見えるようになった。
海の中は、神秘的だった。
色とりどりの魚、美しい珊瑚、揺れる海藻。
でも、同時に、不気味でもあった。
暗闇の中に、何が潜んでいるかわからない。
さらに深く潜ると、建物が見えてきた。
巨大な、石造りの建物。
海底神殿だ。
私たちは、神殿に近づいた。
入口は、大きな石の扉だった。
アレンが、扉を押した。
扉は、重々しく開いた。
中は、さらに暗かった。
私たちは、神殿の中に入った。
最後の試練が、始まった。
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