第29話 準備の日々

翌朝、私たちは王都へ向けて出発した。

 

 馬車での十日間の旅。

 

 道中、何事もなく、順調に進んだ。

 

 十日後、王都に到着した。

 

 王城では、エリーゼが待っていてくれた。

 

「アレン、水野様」

 

 エリーゼは、私たちを見て、安堵の表情を浮かべた。

 

「無事で、本当によかった」

「ただいま、エリーゼ」

 

 私たちは、謁見の間に案内された。

 

 国王が、待っていた。

 

「アレン・ヴァルハイト」

「はい、陛下」

「火山の任務、成功したと聞いた」

「はい。三つ目の欠片を、回収いたしました」

 

 アレンは、欠片を差し出した。

 

 国王は、欠片を見て、満足そうに頷いた。

 

「よくやった」

「...」

「これで、残りは一つだな」

「はい」

「西の海底神殿」

「ああ」

 

 国王は、真剣な顔で言った。

 

「海底神殿は、四つの中で最も危険だと聞く」

「...」

「深海にあり、水圧も強い」

「...」

「そして、水棲の魔物が無数にいる」

 

 国王は、アレンを見た。

 

「十分に、準備をせよ」

「はい」

 

 謁見が終わった後、エリーゼが私たちを呼んだ。

 

「みなさん、本当にお疲れ様でした」

 

 エリーゼは、お茶を用意してくれた。

 

「海底神殿への準備は、時間がかかります」

「...」

「潜水の装備、水中呼吸の魔法具、そして深海に耐えられる防具」

「...」

「すべて特注で作らなければなりません」

 

 エリーゼは、真剣な顔で言った。

 

「準備に、最低でも一ヶ月はかかります」

「一ヶ月」

「はい」

 

 エリーゼは、頷いた。

 

「その間、ゆっくり休んでください」

 

 一ヶ月。

 

 長い時間だった。

 

 でも、その間に、私は答えを出さなければならないと思った。

 

 この世界に残るか、元の世界に帰るか。

 

 その夜、私はエリーゼに呼ばれた。

 

「水野様、少しお話ししてもよろしいですか」

「はい」

 

 私たちは、庭園を散歩した。

 

「水野様、決められましたか」

「...」

「この世界に残るか、帰るか」

 

 私は、首を振った。

 

「まだ、です」

「...そうですか」

 

 エリーゼは、少し悲しそうな顔をした。

 

「でも、無理もありませんね」

「...」

「人生を変える、大きな決断ですから」

 

 エリーゼは、立ち止まって、私を見た。

 

「水野様、一つだけ言わせてください」

「はい」

「アレンは、水野様を愛しています」

「...」

「それは、間違いありません」

 

 エリーゼの目には、涙があった。

 

「そして、水野様がいなくなったら、アレンは再び、心を閉ざすでしょう」

「...」

「水野様が来る前のように」

 

 私は、胸が痛くなった。

 

「でも、だからといって、水野様に残れとは言いません」

「...」

「それは、水野様の人生ですから」

 

 エリーゼは、微笑んだ。

 

「ただ、知っていてほしいんです」

「...」

「水野様が、アレンにとって、どれだけ大切な存在か」

 

 私は、涙が止まらなかった。

 

「エリーゼ様」

「はい」

「ありがとうございます」

「...」

「私、決めます」

 

 エリーゼは、驚いた顔をした。

 

「決める、のですか」

「はい」

 

 私は、はっきりと言った。

 

「この世界に、残ります」

 

 エリーゼの目から、涙がこぼれた。

 

「本当ですか」

「はい」

 

 私は、頷いた。

 

「元の世界には、大切な人たちがいます」

「...」

「でも、この世界にも、大切な人がいます」

「...」

「そして、私は、アレンさんと一緒にいたい」

 

 私は、自分の胸に手を当てた。

 

「それが、私の心の答えです」

 

 エリーゼは、私を抱きしめた。

 

「ありがとうございます」

「...」

「本当に、ありがとうございます」

 

 エリーゼは、涙を流しながら微笑んだ。

 

「アレンが、幸せになれます」

 

 その夜、私はアレンに会いに行った。

 

 アレンの部屋をノックした。

 

「水野か。入れ」

 

 部屋に入ると、アレンは窓辺に立っていた。

 

「どうした」

「アレンさん、お話があります」

「...」

 

 私は、深呼吸をして、言った。

 

「私、この世界に残ります」

 

 アレンは、驚いた顔をした。

 

「本当か」

「はい」

「...」

「元の世界には、戻りません」

 

 アレンは、私のところに駆け寄ってきた。

 

「水野」

「アレンさんと、一緒にいたいんです」

「...」

「ずっと」

 

 アレンは、私を強く抱きしめた。

 

「ありがとう」

 

 アレンの声が、震えていた。

 

「本当に、ありがとう」

「...」

「お前が、ここにいてくれる」

「...」

「それが、何より嬉しい」

 

 私も、アレンを抱きしめ返した。

 

「私も、嬉しいです」

 

 二人で、しばらく抱き合っていた。

 

 そして、アレンが言った。

 

「水野」

「はい」

「海底神殿から戻ったら」

「...」

「俺と、結婚してくれないか」

 

 私は、驚いて、アレンを見た。

 

「結婚」

「ああ」

 

 アレンは、真剣な目で言った。

 

「俺は、お前を愛している」

「...」

「一生、そばにいてほしい」

 

 私の目から、涙がこぼれた。

 

「はい」

「...」

「喜んで」

 

 アレンは、優しく微笑んだ。

 

 そして、私の唇に、キスをした。

 

 長く、優しいキスだった。

 

 この瞬間を、ずっと忘れない。

 

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