第15話 王都への帰還

 翌朝、私たちは王都へ向けて出発した。

 

 帰りの道中は、行きよりも警戒していた。また魔物の襲撃があるかもしれない。

 

 でも、幸い何事もなく、二日後に王都に着いた。

 

 王城では、エリーゼが待っていてくれた。

 

「アレン、水野様」

 

 エリーゼは、私たちを見て安堵の表情を浮かべた。

 

「無事でよかった」

「ああ。ただいま、エリーゼ」

 

 私たちは、エリーゼに報告した。ゼノンとの遭遇。闇の心臓のこと。そして、これから氷山へ向かうこと。

 

 エリーゼは、真剣な顔で聞いていた。

 

「わかりました」

「...」

「装備と物資は、私が用意します」

「すまない」

「いいえ」

 

 エリーゼは、微笑んだ。

 

「これは、王国のためでもあります」

「...」

「魔王が復活すれば、この国も、世界も、再び危機に陥ります」

「ああ」

「だから、全力でサポートします」

 

 エリーゼは、すぐに行動を起こした。

 

 宮廷の職人たちに、防寒具の製作を命じた。厨房には、保存食の準備を指示した。そして、登山の専門家を呼んで、氷山の情報を集めた。

 

 エリーゼの采配は、見事だった。わずか三日で、すべての準備が整った。

 

 出発の前日、エリーゼが私を呼んだ。

 

「水野様、少しお話ししてもよろしいですか」

「はい、もちろんです」

 

 私たちは、王城の庭園を散歩した。

 

 美しい花々が咲いている。噴水の音が、心地よい。

 

「水野様」

「はい」

「アレンを、お願いします」

 

 エリーゼの目には、涙があった。

 

「彼は、また危険な場所に行きます」

「...」

「私は、ここで待つことしかできません」

 

 エリーゼは、震える声で言った。

 

「でも、水野様は、アレンのそばにいてくれます」

「...」

「どうか、彼を守ってあげてください」

 

 私は、エリーゼの気持ちがわかった。

 

 彼女は、アレンを愛している。でも、自分の立場上、一緒に行くことができない。

 

 そして、アレンの心は、もう自分には向いていないことも、わかっているのだろう。

 

「エリーゼ様」

「はい」

「私、必ずアレンさんを守ります」

「...」

「約束します」

 

 エリーゼは、涙を流した。

 

「ありがとうございます」

「...」

「水野様、お願いです」

「はい」

「アレンを、幸せにしてあげてください」

 

 私は、驚いた。

 

「エリーゼ様」

「私には、もうわかっています」

 

 エリーゼは、悲しく微笑んだ。

 

「アレンは、水野様のことを愛しています」

「...」

「そして、水野様も、アレンを」

 

 私は、何も言えなかった。

 

 確かに、私はアレンを愛している。でも、それを口にしたことはなかった。

 

「エリーゼ様、私は」

「いいんです」

 

 エリーゼは、私の手を握った。

 

「私の想いは、もう過去のものです」

「...」

「大切なのは、アレンが幸せであることです」

 

 エリーゼは、空を見上げた。

 

「アレンは、長い間、苦しんでいました」

「...」

「でも、水野様が来てから、変わりました」

「...」

「笑顔が戻りました。生きる希望を、取り戻しました」

 

 エリーゼは、私を見た。

 

「それは、水野様のおかげです」

「...」

「だから、私は、水野様に感謝しています」

 

 私は、涙が止まらなかった。

 

 エリーゼの優しさが、胸に染みた。

 

「エリーゼ様、ありがとうございます」

「いいえ」

 

 エリーゼは、優しく微笑んだ。

 

「どうか、アレンと幸せになってください」

 

 その夜、私は自分の部屋で考えていた。

 

 エリーゼの言葉。「アレンを幸せにしてあげてください」。

 

 でも、私は、本当にアレンを幸せにできるのだろうか。

 

 私には、元の世界に帰るという使命がある。

 

 いつかは、アレンと別れなければならない。

 

 それで、アレンは幸せになれるのだろうか。

 

 答えが、出なかった。

 

 翌朝、出発の時が来た。

 

 王城の前に、馬車が用意されていた。防寒具、食料、登山道具、すべて積み込まれている。

 

 エリーゼが、見送りに来てくれた。

 

「アレン」

「エリーゼ」

「必ず、無事に帰ってきてください」

「ああ、約束する」

 

 エリーゼは、アレンに小さな袋を渡した。

 

「これは」

「お守りです」

 

 袋の中には、小さな青い石が入っていた。

 

「魔法の石です」

「...」

「危険な時、あなたを守ってくれます」

「ありがとう、エリーゼ」

 

 アレンは、石を大切に仕舞った。

 

 エリーゼは、次に私に近づいた。

 

「水野様」

「はい」

「これを」

 

 エリーゼは、小さな瓶を渡してくれた。

 

「これは」

「傷を癒す薬です」

「...」

「魔法薬ですが、水野様の医療と併用すれば、より効果的です」

「ありがとうございます」

 

 私は、深くお辞儀をした。

 

 私たちは、馬車に乗り込んだ。

 

 アレン、ガルド、リーナ、そして私。

 

 馬車が動き出す。

 

 エリーゼの姿が、小さくなっていく。

 

 彼女は、ずっと手を振っていた。

 

 私は、胸が痛くなった。

 

 エリーゼの想い。アレンへの愛。そして、その愛を手放す決意。

 

 彼女は、本当に強い人だ。

 

 私も、強くならなければ。

 

 アレンを守るために。

 

 そして、いつか来る別れの時のために。

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