第11話 旅の始まり

馬車は、王都への街道を進んでいた。

 

 四人を乗せた馬車の中は、それぞれが考え事をしているのか、しばらく静寂が続いた。

 

 外の景色は、美しかった。緑豊かな森、広がる草原、遠くに見える山々。日本とは違う、この世界ならではの景色。空には、見慣れない色をした鳥が飛んでいる。

 

「水野殿」

 

 ガルドが、口を開いた。

 

「はい」

「初めての、長旅ですな」

「ええ」

「不安では」

「...少し」

 

 私は、正直に答えた。

 

「でも、アレンさんたちがいるから、大丈夫です」

 

 ガルドは、豪快に笑った。

 

「頼もしい言葉だ」

「...」

「我々も、水野殿を守りますよ」

 

 リーナも、優しく微笑んだ。

 

「水野様、何かあったら、すぐに言ってくださいね」

「ありがとうございます」

 

 アレンは、窓の外を見ていた。

 

「アレンさん」

「...何だ」

「考え事ですか」

「ああ」

 

 アレンは、私を見た。

 

「魔王の残党のことだ」

「...」

「誰が生き残っているのか」

 

 アレンの目には、不安があった。

 

「魔王の幹部は、三人いた」

「三人」

「ああ。闇の騎士ダリウス、氷の魔女フリーザ、そして闇の魔導師ゼノン」

 

 アレンは、一人一人の名前を挙げた。

 

「ダリウスは、俺が倒した」

「...」

「フリーザは、リーナとガルドが倒した」

「では、ゼノンは」

「わからない」

 

 アレンは、険しい顔をした。

 

「魔王の城が崩壊する時、姿を消した」

「...」

「生きているのか、死んだのか、確認できなかった」

 

 ガルドが、腕を組んだ。

 

「もし生きていたとしたら」

「ああ」

 

 アレンは、頷いた。

 

「ゼノンが、今回の黒幕の可能性が高い」

「厄介ですね」

「ああ。ゼノンは、魔王の右腕だった」

 

 リーナが、心配そうに言った。

 

「ゼノンの魔法は、強力でした」

「...」

「闇の魔法、召喚魔法、そして禁呪」

「禁呪?」

 

 私は、聞き慣れない言葉に反応した。

 

「禁呪とは、使用が禁じられている魔法です」

 

 リーナが、説明してくれた。

 

「使うと、術者の命を削る、危険な魔法」

「...」

「でも、その威力は、計り知れません」

 

 私は、不安になった。

 

 そんな危険な相手と、アレンは戦うのか。

 

 夕方、私たちは街道沿いの宿屋に泊まることにした。

 

 小さな宿屋だったけれど、清潔で居心地が良かった。

 

 夕食は、宿屋の食堂で取った。この世界の料理は、肉料理が中心だった。パンとスープ、そして大きな肉の塊。

 

「美味しいですね」

「ああ」

 

 アレンは、あまり食が進んでいなかった。

 

「アレンさん、ちゃんと食べてください」

「...ああ」

「明日も、長旅です」

「わかっている」

 

 アレンは、無理やり食べているようだった。

 

 食事の後、私は自分の部屋に戻った。

 

 小さな部屋だったけれど、一人には十分だった。ベッドに横になって、今日のことを考える。

 

 魔王の残党。

 

 ゼノンという名の、闇の魔導師。

 

 もし本当に彼が黒幕なら、これから先、どんな危険が待っているのか。

 

 不安で、なかなか眠れなかった。

 

 夜中、ふと目が覚めた。

 

 喉が渇いたので、水を飲もうと部屋を出た。

 

 廊下は、静かだった。みんな、眠っているようだ。

 

 階段を降りて、食堂に向かおうとした時、外に人影が見えた。

 

 誰だろう。

 

 窓から覗くと、それはアレンだった。

 

 宿屋の中庭で、一人で剣を振っている。

 

 私は、外に出た。

 

「アレンさん」

 

 アレンは、振り向いた。

 

「水野」

「こんな夜中に、どうしたんですか」

「...眠れなくて」

 

 アレンは、剣を下ろした。

 

「少し、体を動かそうと思って」

「...」

 

 私は、アレンの隣に立った。

 

「不安なんですか」

「...ああ」

 

 アレンは、正直に答えた。

 

「ゼノンのことが」

「...」

「もし本当に生きていたら」

 

 アレンは、自分の右手を見た。

 

「今の俺で、勝てるのか」

「...」

「全盛期の俺でも、ゼノンとの戦いは苦戦した」

 

 アレンの声が震えた。

 

「今の俺は、全盛期の七割の力しかない」

「...」

「それで、勝てるのか」

 

 私は、アレンの手を握った。

 

「アレンさん」

「...」

「一人で戦うわけじゃないですよね」

「...」

「ガルドさんも、リーナさんも、そして私もいます」

 

 アレンは、私を見た。

 

「水野」

「みんなで戦えば、きっと勝てます」

「...」

「だから、一人で抱え込まないでください」

 

 アレンは、少し表情を和らげた。

 

「...お前は、本当に強いな」

「強くなんて」

「いや、強い」

 

 アレンは、私の手を握り返した。

 

「心が、強い」

「...」

「俺が弱っている時、いつも支えてくれる」

 

 アレンは、空を見上げた。

 

 二つの月が、美しく輝いている。

 

「ありがとう」

「...どういたしまして」

 

 しばらく、二人で月を見ていた。

 

 静かな夜。穏やかな時間。

 

「水野」

「はい」

「お前は、元の世界に帰りたいか」

 

 突然の質問に、私は戸惑った。

 

「...わかりません」

「わからない?」

「はい」

 

 私は、正直に答えた。

 

「最初は、すぐにでも帰りたいと思っていました」

「...」

「でも、今は」

 

 私は、アレンを見た。

 

「この世界にも、大切な人ができました」

「...」

「だから、簡単には答えられません」

 

 アレンは、何も言わなかった。ただ、私の手を握っていた。

 

「アレンさん」

「...何だ」

「もし、私が帰ることになったら」

「...」

「寂しいですか」

 

 アレンは、少し考えて、答えた。

 

「...ああ、寂しい」

「...」

「すごく、寂しい」

 

 アレンは、私の目を見た。

 

「お前がいなくなったら、俺は」

 

 アレンの言葉が、止まった。

 

 何かを言いかけて、でも言えなかった。

 

「俺は、お前に、感謝している」

「...」

「希望をくれた。生きる意味をくれた」

「...」

「だから」

 

 アレンは、私の頭に手を置いた。

 

「できれば、ずっとそばにいてほしい」

 

 私の胸が、ドキドキした。

 

 これは、告白なのか。

 

 それとも、ただの感謝の言葉なのか。

 

 わからなかった。

 

 でも、嬉しかった。

 

「私も、アレンさんのそばにいたいです」

「...」

「でも、いつかは」

「わかっている」

 

 アレンは、優しく微笑んだ。

 

「お前には、元の世界での使命がある」

「...」

「それを、邪魔することはできない」

 

 アレンは、月を見た。

 

「だから、今を大切にしよう」

「...はい」

「今、この瞬間を」

 

 私は、頷いた。

 

 いつか別れが来る。

 

 それはわかっている。

 

 でも、今は、この時間を大切にしたい。

 

 アレンと一緒にいる、この時間を。

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