第9話 村の危機

 平和な日々が続いた。

 

 リハビリ、剣の訓練、そしてアレンとの何気ない会話。毎日が、かけがえのない時間だった。

 

 でも、その平和は、突然終わった。

 

 ある朝、城の門番が血相を変えて駆け込んできた。

 

「アレン様」

「どうした」

「村が、襲われています」

「何?」

 

 アレンは、立ち上がった。

 

「どの村だ」

「東の村です」

「魔物か」

「はい。大量の魔物が」

 

 アレンは、すぐに行動を起こした。

 

「ガルド」

「ここに」

 

 ガルドが、訓練場から駆けつけてきた。

 

「村が襲われている。すぐに向かう」

「わかった」

 

 アレンは、剣を手に取った。本物の剣を。

 

「待ってください」

 

 私が、声をかけた。

 

「水野」

「アレンさん、まだ右手が」

「わかっている」

 

 アレンは、左手で剣を握った。

 

「でも、行かなければならない」

「...」

「村人が、危険なんだ」

 

 アレンの目には、強い決意があった。

 

「私も、行きます」

「何?」

「村人に、怪我人が出るかもしれません」

「だが、危険だ」

「大丈夫です」

 

 私は、はっきりと言った。

 

「私は、医療の専門家です」

「...」

「怪我人の手当てが必要なら、私が行かないと」

 

 アレンは、少し考えて、頷いた。

 

「わかった。だが、絶対に危険なところには近づくな」

「はい」

 

 私たちは、馬車で村に向かった。アレン、ガルド、兵士たち、そして私。

 

 道中、ガルドが状況を説明してくれた。

 

「東の村は、森に近い」

「...」

「最近、森で魔物の目撃が増えていたんだ」

「魔王を倒したのに、まだ魔物が」

「ああ。魔王は倒したが、魔物は完全には消えていない」

 

 ガルドは、険しい顔をした。

 

「特に、最近は活発化している」

「なぜ」

「わからない。だが、何か良くないことが起きている気がする」

 

 三十分ほどで、村に着いた。

 

 村は、混乱状態だった。家々は壊され、人々は逃げ惑っている。そして、村の中心には、大きな魔物がいた。

 

 狼のような姿だけれど、体は人間の三倍以上。黒い毛皮、赤い目、鋭い牙。

 

「ダイアウルフ」

 

 ガルドが、呟いた。

 

「厄介だな」

「強いのか」

「ああ。普通の兵士では、歯が立たない」

 

 アレンは、剣を抜いた。

 

「ガルド、村人を避難させろ」

「お前は」

「俺が、あいつを倒す」

「一人で?」

「ああ」

 

 アレンは、前に進んだ。

 

「水野、お前はガルドと一緒に」

「でも」

「頼む」

 

 アレンは、私を見た。

 

「お前を、危険な目に遭わせたくない」

 

 私は、頷くしかなかった。

 

「わかりました。気をつけて」

「ああ」

 

 アレンは、ダイアウルフに向かって走った。

 

 ダイアウルフは、アレンに気づいて、咆哮した。地面が震えるような、恐ろしい声だった。

 

 アレンは、怯まなかった。

 

 剣を構えて、ダイアウルフに飛び込んだ。

 

 ダイアウルフの爪が、アレンに襲いかかる。

 

 アレンは、それを避けて、反撃した。

 

 左手の剣が、ダイアウルフの脇腹を切り裂いた。

 

 ダイアウルフが、怒りの声を上げた。

 

 でも、傷は浅い。ダイアウルフの皮は、厚かった。

 

「くそ」

 

 アレンは、距離を取った。

 

 ダイアウルフは、再び襲いかかってきた。

 

 アレンは、何度も攻撃を避けながら、反撃を繰り返した。

 

 でも、決定打が出ない。

 

 そして、ついに。

 

 ダイアウルフの爪が、アレンの右肩を掠めた。

 

「アレン」

 

 私は、思わず叫んだ。

 

 アレンは、右肩を押さえた。血が流れている。

 

「大丈夫だ」

 

 アレンは、歯を食いしばった。

 

 でも、明らかにダメージを受けている。

 

 ダイアウルフは、アレンの弱りを感じ取ったのか、さらに激しく攻撃してきた。

 

 アレンは、防戦一方だった。

 

「ガルド、助けに」

「わかっている」

 

 ガルドは、大剣を抜いて、ダイアウルフに突進した。

 

「アレン、一人で戦うな」

 

 ガルドの大剣が、ダイアウルフの背中に叩き込まれた。

 

 ダイアウルフが、怯んだ。

 

「今だ、アレン」

 

 アレンは、その隙を逃さなかった。

 

 全力で剣を振るった。

 

 左手の剣が、ダイアウルフの首を切り裂いた。

 

 ダイアウルフは、大きく倒れた。

 

 そして、動かなくなった。

 

 戦いは、終わった。

 

 アレンは、その場に膝をついた。

 

「アレンさん」

 

 私は、駆け寄った。

 

「大丈夫ですか」

「...ああ」

 

 アレンの右肩から、血が流れている。

 

「すぐに手当てを」

 

 私は、持ってきた医療道具を広げた。この世界に来てから、エリーゼに頼んで、基本的な医療道具を用意してもらっていた。

 

 傷を洗浄して、消毒して、包帯を巻く。

 

「痛みますか」

「...少し」

「我慢してください」

 

 私は、丁寧に手当てをした。

 

 幸い、傷は浅かった。縫う必要はない。

 

「これで大丈夫です」

「...ありがとう」

 

 アレンは、立ち上がった。

 

 村人たちが、集まってきた。

 

「アレン様」

「ありがとうございます」

「助かりました」

 

 村人たちは、感謝の言葉を口々に言った。

 

 アレンは、少し照れたように頭を掻いた。

 

「いや、当然のことをしただけだ」

「...」

「怪我人はいるか」

「はい、何人か」

 

 私は、村の中を回って、怪我人の手当てをした。

 

 幸い、重傷者はいなかった。軽い怪我ばかりだった。

 

 すべての手当てが終わった頃には、日が傾き始めていた。

 

「水野」

「はい」

「帰ろう」

「はい」

 

 馬車で城に戻る道中、アレンは黙っていた。

 

 何か、考え込んでいるようだった。

 

「アレンさん、どうしました」

「...いや」

 

 アレンは、自分の右肩に触れた。

 

「やはり、まだ足りない」

「...」

「右手が使えれば、もっと楽に倒せた」

「...」

「左手だけでは、限界がある」

 

 アレンは、悔しそうに拳を握った。

 

「もっと、強くならないと」

 

 私は、アレンの手を握った。

 

「大丈夫です」

「...」

「アレンさんは、確実に強くなっています」

「でも」

「焦らないでください」

 

 私は、アレンの目を見た。

 

「今日、村を救えたじゃないですか」

「...」

「それは、アレンさんが諦めなかったからです」

 

 アレンは、少し表情を和らげた。

 

「...そうだな」

「はい」

「ありがとう、水野」

 

 城に戻ると、エリーゼが待っていた。

 

「アレン」

 

 エリーゼは、アレンの傷を見て、顔色を変えた。

 

「怪我を」

「大丈夫だ。軽い傷だ」

「でも」

 

 エリーゼは、涙を浮かべた。

 

「無理をしないで」

「エリーゼ」

「あなたは、もう十分頑張ったわ」

「...」

「これ以上、傷つかないで」

 

 エリーゼは、アレンの手を握った。

 

「お願い」

 

 アレンは、少し困った顔をした。

 

「エリーゼ、俺は勇者だ」

「...」

「戦うことが、俺の役目だ」

「でも」

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ」

 

 アレンは、優しく笑った。

 

 エリーゼは、何も言えず、ただ涙を流していた。

 

 私は、その光景を見て、胸が痛くなった。

 

 エリーゼの気持ちが、痛いほどわかった。

 

 大切な人が、危険な目に遭う。それを見ているしかできない。

 

 私も、同じだった。

 

 アレンが戦っている時、私は何もできなかった。ただ、見ているだけだった。

 

 それが、どれだけ辛かったか。

 

 その夜、私は眠れなかった。

 

 アレンの戦う姿が、頭から離れなかった。

 

 そして、ダイアウルフの爪が、アレンを傷つけた瞬間。

 

 心臓が止まりそうなほど、怖かった。

 

 もし、あの時、もっと深い傷だったら。

 

 もし、アレンが、命を落としていたら。

 

 考えるだけで、涙が出てきた。

 

 私は、アレンのことが好きだ。

 

 もう、否定できない。

 

 でも、この想いは、叶わない。

 

 私は、いつか元の世界に帰らなければならない。

 

 アレンと、ずっと一緒にはいられない。

 

 それが、現実だった。

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