深まる絆

第8話 日常の中で

 一ヶ月の約束が終わっても、私はアレンの城に留まることにした。

 

 エリーゼは、私の決断を喜んでくれた。でも、その目には、少し複雑な感情も見えた。

 

「水野様、本当によろしいのですか」

「はい」

「元の世界に、帰らなくても」

「...もう少しだけ」

 

 私は、微笑んだ。

 

「アレンさんのリハビリを、最後まで見届けたいんです」

 

 エリーゼは、頷いた。

 

「わかりました」

「...」

「帰還の魔法は、いつでも準備できます」

「ありがとうございます」

 

 エリーゼは、少し寂しそうに笑った。

 

「アレンが、幸せそうで」

「...」

「それが、何より嬉しいです」

 

 私は、エリーゼの気持ちがわかった。彼女は、アレンを愛している。でも、その想いを口にすることなく、ただアレンの幸せを願っている。

 

 それは、とても美しく、そして切ない。

 

 リハビリは、新しい段階に入った。

 

 右手の機能回復に、より重点を置くことにした。指の細かい動き、握力の強化、手首の安定性。

 

 毎日、朝と夕方の二回、リハビリをする。アレンは、文句一つ言わずに、すべてのメニューをこなした。

 

「アレンさん、すごく真面目ですね」

「...当たり前だ」

 

 アレンは、少し照れたように言った。

 

「お前が、ここに残ってくれたんだ」

「...」

「だから、俺も頑張る」

 

 アレンの言葉に、私の胸が温かくなった。

 

 午後は、剣の訓練をした。左手での剣技は、もはやガルドと互角に戦えるレベルになっていた。

 

「アレン、お前、本当に強くなったな」

 

 ガルドは、汗を拭いながら言った。

 

「左手だけで、ここまでやれるとは」

「ガルドが手加減してるだけだろう」

「いや、本気だ」

 

 ガルドは、真剣な顔で言った。

 

「お前の左手の剣は、もう一流だ」

「...」

「全盛期の七割くらいの力はある」

 

 アレンは、自分の左手を見た。

 

「七割、か」

「ああ」

「まだ、足りないな」

「...」

「全盛期を超えたい」

 

 アレンの目には、強い決意があった。

 

 ある日、リーナが城を訪ねてきた。

 

「水野様」

「リーナさん」

「少し、お話ししてもよろしいですか」

「もちろんです」

 

 私たちは、城の庭園を散歩した。美しい花々が咲いている。この世界の花は、日本では見たことのない色や形をしていた。

 

「水野様、アレン様のこと、好きなんですね」

 

 リーナの突然の言葉に、私は驚いた。

 

「え」

「わかります」

 

 リーナは、優しく微笑んだ。

 

「水野様が、アレン様を見る目」

「...」

「とても、優しい目です」

 

 私は、顔が熱くなった。

 

「私は、ただの理学療法士です」

「いいえ」

 

 リーナは、首を振った。

 

「水野様は、アレン様にとって、特別な人です」

「...」

「アレン様も、水野様のことを、特別に思っています」

 

 私の胸が、ドキドキした。

 

「でも、私は、元の世界に帰らなければ」

「...そうですね」

 

 リーナは、少し悲しそうに言った。

 

「それが、一番辛いことかもしれません」

「...」

「でも、今を大切にしてください」

 

 リーナは、私の手を握った。

 

「今、この瞬間を」

「...はい」

 

 その夜、私はアレンと夕食を一緒に取った。

 

 城の食堂で、二人きり。メイドが用意してくれた料理は、この世界の食材を使ったものだけれど、どれも美味しかった。

 

「水野」

「はい」

「お前の世界の料理は、どんなものなんだ」

「日本の料理ですか」

「ああ」

 

 私は、日本の料理について話した。寿司、天ぷら、ラーメン、カレーライス。

 

 アレンは、興味深そうに聞いていた。

 

「寿司、というのは、生の魚を食べるのか」

「はい」

「...変わってるな」

「美味しいんですよ」

 

 アレンは、笑った。

 

「いつか、食べてみたいな」

「...」

 

 私も、いつかアレンに日本の料理を食べさせてあげたいと思った。

 

 でも、それは叶わない夢なのかもしれない。

 

「アレンさん」

「何だ」

「この世界のこと、もっと教えてください」

「この世界?」

「はい。私、まだこの国のことも、世界のことも、ほとんど知らないんです」

 

 アレンは、頷いた。

 

「わかった」

 

 アレンは、この世界のことを話してくれた。

 

 エルドラント王国は、大陸の中央に位置する大国だという。周りには、いくつもの国がある。魔法が発達していて、様々な種族が共存している。

 

「種族?」

「ああ。人間、エルフ、ドワーフ、獣人」

「本当に、ファンタジーの世界なんですね」

「ファンタジー?」

「ああ、日本では、こういう世界は物語の中だけなんです」

 

 アレンは、驚いた顔をした。

 

「魔法がないのか」

「はい」

「じゃあ、どうやって戦うんだ」

「武器、ですね。銃とか」

「銃?」

 

 私は、銃のことを説明した。火薬を使って、弾を飛ばす武器。

 

 アレンは、真剣に聞いていた。

 

「すごい世界だな」

「そうですか」

「ああ。魔法なしで、ここまで発展しているなんて」

 

 アレンは、私を見た。

 

「お前の世界も、見てみたい」

「...」

 

 私の胸が、キュッと締め付けられた。

 

 アレンを、日本に連れて行けたらいいのに。

 

 でも、それは不可能だ。

 

「アレンさんを、日本に連れて行けたらいいんですけど」

「...」

「東京の街を案内したり」

「東京?」

「日本の首都です。すごく大きな街で」

 

 私は、東京のことを話した。高層ビル、電車、人混み。

 

 アレンは、目を輝かせて聞いていた。

 

「いつか、行けるといいな」

「...」

「お前の世界に」

 

 アレンは、私の手を握った。

 

「一緒に」

 

 私は、何も言えなかった。

 

 ただ、アレンの手を、握り返した。

 

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