第7話 一ヶ月の成果

 一ヶ月が経った。

 

 約束の日だ。

 

 朝、私はアレンの部屋を訪ねた。

 

 アレンは、窓辺に立っていた。外を見ている。

 

「おはようございます」

「...ああ」

 

 アレンは、振り向いた。

 

「今日で、一ヶ月だな」

「はい」

 

 私は、頷いた。

 

「約束通り、成果を見せます」

「...」

「準備はいいですか」

「ああ」

 

 私たちは、訓練場に向かった。

 

 訓練場には、すでにガルド、リーナ、エリーゼ、そして多くの兵士たちが集まっていた。

 

「みんな、来てくれたのか」

「当然だ」

 

 ガルドが、笑顔で言った。

 

「お前の成果を、見に来たんだ」

 

 リーナも、優しく微笑んだ。

 

「楽しみにしていました」

 

 エリーゼは、緊張した顔をしていた。

 

「アレン」

「エリーゼ」

「頑張って」

「...ああ」

 

 私は、みんなの前に立った。

 

「それでは、アレンさんの一ヶ月の成果を、お見せします」

 

 まず、右手の状態を見せた。

 

「アレンさん、ボールを握ってください」

 

 アレンは、右手でボールを握った。

 

 一ヶ月前は、ほとんど動かなかった指が、今はボールを掴めるようになっている。

 

 みんなから、驚きの声が上がった。

 

「すごい」

「指が、動いている」

 

 次に、歩行を見せた。

 

「アレンさん、杖なしで歩いてください」

 

 アレンは、杖を置いて、ゆっくりと歩いた。

 

 一ヶ月前は、杖なしでは立つことすらできなかった。でも、今は、杖なしでも歩ける。

 

 まだ、少しぎこちないけれど、確実に歩ける。

 

 エリーゼが、涙を流していた。

 

「アレン」

 

 最後に、剣を見せた。

 

「アレンさん、剣を」

 

 アレンは、左手で木剣を握った。

 

 そして、構えた。

 

 その姿は、勇者そのものだった。

 

「ガルド、相手を頼む」

「ああ」

 

 ガルドも、木剣を握った。

 

 二人は、向かい合った。

 

 そして、戦いが始まった。

 

 アレンの剣は、速かった。正確だった。美しかった。

 

 左手だけれど、それを感じさせない動き。

 

 ガルドも、本気で応戦した。

 

 木剣がぶつかり合う音。二人の息遣い。

 

 みんな、固唾を呑んで見守っていた。

 

 数分間の戦いの後、アレンの剣が、ガルドの喉元に止まった。

 

 勝負あり。

 

 訓練場が、静まり返った。

 

 そして、次の瞬間、大きな歓声が上がった。

 

「アレン様」

「すごい」

「勝った」

 

 ガルドは、笑顔で言った。

 

「参ったな」

「...」

「お前、本当に強くなった」

 

 アレンは、木剣を下ろした。

 

「ガルド、ありがとう」

「...」

「お前が、相手をしてくれたから」

 

 ガルドは、アレンの肩を抱いた。

 

「おかえり、アレン」

「...」

「お前は、また勇者に戻った」

 

 アレンは、涙を流した。

 

「ああ」

 

 エリーゼが、駆け寄ってきた。

 

「アレン」

 

 エリーゼは、アレンを抱きしめた。

 

「よかった」

「...」

「本当に、よかった」

 

 リーナも、涙を流していた。

 

「アレン様」

 

 兵士たちも、みんな喜んでいた。

 

 私は、その光景を見て、胸がいっぱいになった。

 

 アレンは、戻ってきた。

 

 勇者として。戦士として。そして、一人の人間として。

 

 その夜、アレンが私の部屋を訪ねてきた。

 

「水野」

「アレンさん」

「話がある」

「...」

 

 二人で、部屋の中に入った。

 

 アレンは、真剣な顔をしていた。

 

「水野、お前との約束は、果たした」

「...はい」

「一ヶ月で、成果を見せた」

「はい」

 

 アレンは、私の手を握った。

 

「だから、お前は元の世界に帰れる」

「...」

「約束通り、エリーゼが帰還の魔法を準備している」

 

 私は、胸が苦しくなった。

 

 帰れる。元の世界に。

 

 でも、なぜか、嬉しくなかった。

 

「アレンさん」

「...」

「私」

 

 私は、言葉を探した。

 

「もう少し、ここにいてもいいですか」

 

 アレンは、驚いた顔をした。

 

「...なぜ」

「アレンさんのリハビリは、まだ終わっていません」

「...」

「右手は、まだ完全には戻っていません」

「でも」

「もう少し、続ければ、もっと良くなります」

 

 私は、アレンの目を見た。

 

「だから、もう少しだけ、ここにいさせてください」

 

 アレンは、しばらく黙っていた。

 

 そして、小さく笑った。

 

「わかった」

「...」

「もう少し、頼む」

 

 アレンは、私の頭に手を置いた。

 

「ありがとう」

 

 私は、涙が止まらなかった。

 

 帰りたくない。

 

 この世界に、いたい。

 

 アレンと、一緒にいたい。

 

 でも、それは許されないことなのかもしれない。

 

 私には、元の世界での使命がある。

 

 いつかは、帰らなければならない。

 

 でも、今は、もう少しだけ。

 

 この時間を、大切にしたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る