第6話 新しい目標

 三週間が経った。

 

 アレンの回復は、目覚ましかった。右手の指は、以前よりずっと動くようになった。まだ物を掴むことはできないけれど、確実に進歩している。左手での剣の扱いも、ガルドが驚くほど上達していた。

 

 歩行も、杖なしでも短い距離なら歩けるようになった。

 

 でも、一ヶ月という期限まで、あと一週間しかない。

 

 私は、何か決定的な変化を見せなければならないと思っていた。

 

 その日の朝、私はアレンに提案した。

 

「アレンさん、今日は外で訓練しませんか」

「外で?」

「はい。訓練場で」

 

 アレンは、少し躊躇した。

 

「訓練場には、兵士たちがいる」

「...」

「人前に出るのは」

「大丈夫です」

 

 私は、アレンの手を握った。

 

「アレンさんの成長を、みんなに見せましょう」

「...」

「きっと、みんな喜びます」

 

 アレンは、少し考えて、頷いた。

 

「わかった」

 

 午後、私たちは訓練場に向かった。

 

 訓練場には、何人かの兵士がいた。アレンの姿を見て、みんな驚いた顔をした。

 

「ア、アレン様」

「久しぶりだな」

 

 アレンは、少し照れたように言った。

 

 兵士たちは、深々とお辞儀をした。

 

「お久しぶりでございます」

「元気にしていたか」

「はい」

 

 一人の兵士が、嬉しそうに言った。

 

「アレン様、お元気そうで」

「ああ。水野のおかげでな」

 

 アレンは、私を見た。

 

「この人が、俺を助けてくれた」

 

 兵士たちは、私に向かってお辞儀をした。

 

「ありがとうございます」

「いえ」

 

 私は、少し恥ずかしくなった。

 

 ガルドも、訓練場にやってきた。

 

「おお、アレン」

「ガルド」

「外に出てきたか」

「ああ」

 

 ガルドは、嬉しそうに笑った。

 

「よし、では少し手合わせするか」

「手合わせ?」

「ああ。お前の左手の剣、どのくらい上達したか見せてくれ」

 

 アレンは、少し躊躇した。

 

「でも、俺は」

「大丈夫だ」

 

 ガルドは、木剣を二本持ってきた。

 

「俺も手加減する。軽くやろう」

 

 アレンは、私を見た。

 

 私は、頷いた。

 

「大丈夫です。アレンさんなら、できます」

 

 アレンは、木剣を受け取った。左手で、しっかりと握る。

 

 二人は、向かい合った。

 

 周りの兵士たちが、見守っている。

 

「では、行くぞ」

 

 ガルドが、ゆっくりと木剣を振った。

 

 アレンは、それを受け止めた。

 

 カン、という音。

 

 兵士たちから、どよめきが起こった。

 

「アレン様、剣を」

「受け止めた」

 

 ガルドは、笑顔で言った。

 

「いいぞ、アレン」

「...」

「次、行くぞ」

 

 ガルドは、少し速く攻撃した。

 

 アレンは、それも受け止めた。そして、反撃した。

 

 ガルドは、その攻撃を避けた。

 

「おお、いい動きだ」

「...」

「もっと来い」

 

 二人の木剣が、何度もぶつかり合った。

 

 アレンの動きは、以前とは比べ物にならないほど良くなっていた。バランスも取れているし、左手の剣も、かなり様になっている。

 

 もちろん、全盛期のアレンには及ばないだろう。でも、確実に、戦える力を取り戻しつつある。

 

 十分ほど手合わせをして、二人は剣を下ろした。

 

 アレンは、息を切らしていた。でも、その顔には、笑顔があった。

 

「ガルド」

「ああ」

「ありがとう」

「...」

「久しぶりに、楽しかった」

 

 ガルドは、アレンの肩を叩いた。

 

「お前、本当に強くなったな」

「...」

「左手だけでも、十分戦える」

 

 ガルドは、嬉しそうに言った。

 

「これなら、また一緒に戦えるな」

 

 アレンは、少し考えて、頷いた。

 

「ああ」

 

 兵士たちから、大きな拍手が起こった。

 

「アレン様」

「すごいです」

「また、お強くなられた」

 

 アレンは、照れたように頭を掻いた。

 

「まだまだだ」

「...」

「でも、これからも頑張る」

 

 アレンは、私を見た。

 

「水野のおかげだ」

 

 私は、嬉しくて涙が出そうになった。

 

 その夜、エリーゼが城を訪ねてきた。

 

「水野様」

「エリーゼ様」

「アレンが、訓練場で剣を振ったと聞きました」

「はい」

 

 私は、今日のことを報告した。

 

 エリーゼは、涙を流して喜んだ。

 

「本当ですか」

「はい」

「アレンが、また剣を」

「ええ。左手ですが、かなり上達しています」

 

 エリーゼは、胸に手を当てた。

 

「よかった」

「...」

「本当に、よかった」

 

 エリーゼは、私の手を握った。

 

「水野様、感謝の言葉もありません」

「いえ」

「アレンを、救ってくださって」

「...」

「本当に、ありがとうございます」

 

 私は、少し複雑な気持ちになった。

 

 エリーゼは、アレンのことが好きなんだろう。その目を見れば、わかる。

 

 でも、私も、アレンのことが。

 

 いや、違う。私は、ただの理学療法士だ。患者さんに恋愛感情を持つなんて、プロとして失格だ。

 

 でも、心は、正直だった。

 

 アレンと一緒にいる時間が、楽しい。アレンの笑顔を見ると、嬉しい。アレンが成長する姿を見ると、誇らしい。

 

 これは、恋なのかもしれない。

 

 でも、私には、元の世界に帰るという使命がある。

 

 この世界に、留まることはできない。

 

 私は、複雑な気持ちで、夜空を見上げた。

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