第3話 愛の備蓄と🐾真夜中のパーティー


​ 翌朝。埼玉家のリビングには、どんよりとした失望の空気が漂っていた……もちろん、舞の周囲だけに。


​「……来なかったわ」


 舞が窓の外、ピカピカに掃除された裏山を見つめて溜息をつく。


「せっかくみんなで『森のビュッフェ』を整えたのに、クマさん、恥ずかしがり屋さんなのかしら。招待状が足りなかった?」


「いや、招待状(残飯)を全部破り捨てたから来なかったんだよ。大成功だよ」


目の下にクマを作った恭介が、コーヒーを啜りながら安堵の息を吐く。

昨夜は近隣住民と「クマ自警団」を結成し、一晩中見回りをしていたのだ。


​ 足元では、サブローが勝利の朝食であるご褒美の高級カリカリを貪っていた。


『(ふん……。我々NNNの結界マーキングと、人間たちの掃除作戦の勝利だニャ。これでこの家の平和は守られたニャン)』


 だが、その平和な朝を切り裂くように、テレビのニュース速報が流れた。


​『……緊急ニュースです。昨夜未明、市内にあるNPO法人『クマを愛でる会』の事務所兼倉庫が、野生のクマに襲撃されました』


​「えっ!?」


 恭介が身を乗り出す。画面には、無惨にシャッターがひしゃげ、壁に大穴が開いたプレハブ倉庫が映し出されていた。

キャスターが緊迫した声で続ける。


『倉庫には全国から寄付された大量のドングリやドーナツが保管されており、クマはそれらの匂いに誘われたものと見られます。

なお、会の方々は「クマが怖くて事務所から出られなかった」と語っており……』


​ 現場の映像。そこには、腰を抜かして警察に保護されるピンクベストの集団の姿があった。

「愛でる会」と言いつつ、本物の野生の暴力であるリアル・ベア本物の熊を目の前にして、愛でるどころか縮み上がってしまったらしい。


​ 恭介が膝を叩いた。


「そうか! 裏山の餌を撤去したから、クマはもっと強い匂いの元……つまり、奴らの本拠地にターゲットを変えたんだ!」


「まさに自業自得ね。因果応報ってやつよ」


 長女の愛が冷ややかにトーストを齧る。


「自分たちで集めた餌で、自分たちが襲われるなんて。コントじゃないんだから」


​ だが、舞の反応は違った。彼女はテレビ画面に駆け寄り、瞳を潤ませて叫んだのだ。


「すごーい!! 見て、恭介さん! 夢が叶ったのよ!」


​「はっ?」


 全員の思考が停止する。


​「だって見てよ、この倉庫の壊れっぷり! まるでロックのライブ会場じゃない! きっとクマさんは、お礼に彼らの事務所へ遊びに行ったのよ!」


 舞の脳内変換機能がフル稼働する。


「『いつもご飯ありがとう! 今日は僕らがパーティーを盛り上げるぜ!』って、サプライズ訪問したに違いないわ! ほら、会員の人たちも感動で腰が抜けちゃってる!」


「いや、それは恐怖で腰が抜けてるんだよ!!」


「壁に穴を開けたのも、きっとダンスが激しすぎたのね! 『クマ・ダンス』って情熱的だもの!」


「物理攻撃だよ!!」


​ 恭介のツッコミも虚しく、舞は「よかったわねえ、愛が通じて」とうっとりしている。


 その様子を、サブローとカテジナは呆れ果てた顔で見守っていた。


​『……支部長。あの倉庫、我々が裏山の掃除をした直後に襲われたようですね』


『ああ。裏山の「前菜」がなくなったから、クマは直で「メインディッシュ(倉庫)」に向かったのさ。

実は昨夜、我々NNN部隊も誘導を手伝ったんだがな』


 カテジナがニヤリと笑う。


 昨夜、裏山から降りてこようとしたクマに対し、数匹の白猫部隊が絶妙な距離で挑発し、民家の方ではなく、甘い匂いのする倉庫の方角へ進路を向けさせていたのだ。


​『人間を守るためとはいえ、あの団体には少々キツいお灸になったな』


『まあ、怪我人が出なかっただけマシですニャ。倉庫の中身は、クマが全部平らげたそうですし』


 そう。クマは倉庫の在庫をあらかた食い荒らし、満足して山へ帰っていったという。


結果として、危険な餌の備蓄もなくなり、団体の活動もしばらく休止に追い込まれるだろう。


​「あーあ。私もパーティーに参加したかったなあ」


 舞が残念そうに呟く。


「ねえサブロー。今度クマさんが来たら、あなたも一緒に踊ってあげてね。『名犬サブローと踊るクマ』……素敵な絵になるわ!」


​『(……断固拒否するニャ!!)』


 サブローは全力で首を横に振り、恭介の足元に隠れた。


「あはは。舞ちゃん、サブローはクマより、こたつの中で踊る方が好きみたいだよ」


 恭介が助け舟を出し、サブローを抱き上げる。 その腕の中で、サブローは安堵の溜息をついた。


​ こうして、埼玉家の裏山騒動は幕を閉じた。


迷惑な自称愛護団体は自滅し、クマは満腹で山へ帰り、NNNは静かに勝利を祝う。


唯一、舞だけが「次はイノシシさんと運動会かしら!」と新たなドリームを膨らませているのが懸念材料だが……それはまた、別のお話。


​ 平和を取り戻したリビングで、サブローは思った。


『(まあ、名前が犬でも、飼い主が変人でも……この家のご飯と膝の上があるなら、悪くないニャ)』


 名猫サブローは、恭介の撫でる手心地に目を細め、喉をゴロゴロと鳴らした。その音は、まるでエンジンのように力強く、平和な午後の陽だまりに溶けていった。


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