第9話 日常との遮断

 その日の午後、授業はすべて中止になった。


 校内放送が、機械的な声で繰り返す。


『本日は安全確認のため、全校生徒を教室で待機させます』


『教職員の指示に従ってください』


 だが、誰も「何が起きているのか」は説明しない。


 ひなたの教室では、カーテンが閉められ、照明が落とされた。

 薄暗い空間で、生徒たちは小声でざわめいている。


「ねえ、さっき倒れた子……」

「救急車、三台来てたよ」

「ネット見た? 他の学校でも--」


 言葉の端々に、恐怖が滲んでいた。


 ひなたは、窓の隙間から外を見た。


 校門。

 いつの間にか、見知らぬ車両が並んでいる。

 警察車両--ではない。

 無地で、番号も目立たない。


「……来た」


 あきとの声が、机の下から届く。

 隣のクラスにいるはずなのに、なぜか“位置”がわかる。


「何が?」


 ひなたが小さく返す。


「外部の人間。

 能力者の動きを、完全に把握してる」


 直後だった。


 廊下に、重たい足音。

 教師ではない、揃いすぎた歩調。


 ガラリ、と教室の扉が開く。


「皆さん、落ち着いてください」


 入ってきたのは、見慣れない大人だった。

 スーツ姿。年齢は四十代くらい。

 だが、その視線が--合いすぎている。


 教室全体を、一瞬で見渡した。


「本校は、本日より一時的に封鎖されます」


 ざわっ、と空気が揺れる。


「封鎖……?」

「帰れないってこと?」


「安全が確認されるまで、外部との接触は制限されます」

「保護者の方には、すでに連絡済みです」


 嘘だ。

 ひなたのスマートフォンは、静かなままだ。


 大人の目が、一人ひとりを“測る”ように止まる。


 そして--ひなたの前で、わずかに止まった。


「体調の悪い生徒は、こちらへ」


 別の人物が、教室の外で待っている。

 白衣。

 だが、病院のものとは違う。


 あゆむの声が、ひなたの耳元で囁く。


「……隔離だな」


 数人の生徒が、戸惑いながら立ち上がる。

 その中に、朝倒れた子はいない。

 代わりに--まだ症状が軽い子ばかりだ。


「……選んでる」


 ひなたの胸が、冷たくなる。


 能力が“芽吹きかけている”生徒だけを。


 連れて行かれる瞬間。

 一人の女子生徒が、ひなたを見た。


 助けて、と口が動く。


 だが、声は出ない。


 扉が閉まる。


 その音は、教室と世界を切り離す音だった。


 数分後。

 校内放送が、再び鳴る。


『--現在、本校は外部安全機関の管理下にあります』

『生徒の皆さんは、指示があるまで教室から出ないでください』


 その言葉と同時に。


 ひなたの視界が、震えた。


 校舎全体に、薄い光の膜が張られる。

 まるで、巨大なレンズ。


「……これ、」


 あきとの声が、確信を帯びる。


「外に出られない。

 空間そのものを、閉じてる」


 あゆむが、歯を噛みしめた。


「檻じゃん……」


 ひなたは、窓の外を見つめた。


 空は、あまりにも普通だった。

 何も知らない顔で、青く広がっている。


 でも、その空と自分たちの間には--

 見えない境界が、確かに存在していた。


 学園は、もう学校じゃない。


 観測と選別のための施設に変わってしまった。


 ひなたは、はっきりと理解する。


 ここにいれば、

 「能力者として完成する」か、

 「壊れる」か。


 そのどちらかしか、残されていない。


 そして、誰かが--

 この状況を、意図的に作っている。


 フェンスの向こうで見た、あの穏やかな笑みが、脳裏をよぎった。


 光視会。


 彼らは、もう校内にいる。


 ひなたは、拳を握りしめた。


 --見なきゃ。

 見抜かなきゃ。


 この檻の“継ぎ目”を。


 そうしなければ、

 次に隔離されるのは--自分だ。

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レンズフライ 桃里 陽向 @ksesbauwbvffrs164ja

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