第7話 責任

 光の脈動が消えたあとも、ひなたの目の奥では残像が揺れていた。


「……今の、見えた?」


 あゆむが空を指さす。


「見えたというか……感じた」


 あきとは低く答えた。


「核が、こちらを“認識”した」


 その言葉に、ひなたの背中がぞわりと粟立つ。


「認識……って」


「見られた、ってことだよ」


 あゆむが冗談めかして言おうとして、途中で口を閉じた。

 誰も、笑えなかった。


 その夜。

 ひなたは自室で、ノートを開いていた。


 能力の記録。

 発動条件、頭痛の強さ、視界の分割数。

 書いているうちに、ある共通点に気づく。


「……“光”が多いほど、制御しやすい?」


 街灯、夕焼け、反射。

 自然光でも人工光でもいい。

 “情報”としての光が多いほど、視界は安定する。


 逆に--。


「暗い場所は、危ない」


 視界が勝手に補完しようとして、暴走する。


 そのとき、ノートの端に、勝手に線が引かれた。


 ひなたは、はっとして顔を上げる。


 書いていない。

 ペンも動かしていない。


 それなのに、ページの中央に、円が描かれていた。


 歪んだ、光の輪。


「……なに、これ」


 輪の内側だけ、紙の色が微妙に違う。

 まるで、そこだけ“別の焦点”で見られているみたいに。


 次の瞬間。


 視界が、裏返った。


 部屋が消え、代わりに広がるのは--白。


 上下も距離もない、均質な光の空間。

 だが、そこには「点」があった。


 ひとつ、またひとつ。

 無数の視点。


 それらが、同時にひなたを“見ている”。


『ようやく、安定した』


 声が、直接頭に響く。


「……誰」

『名は、意味を持たない。

 だが君たちは、“観測者”と呼ばれてきた』


 光の点が、ゆっくりと配置を変える。

 フライアイレンズ。

 ひなたの能力と、同じ構造。

『啓示の核は、選別装置ではない』


「……でも、あの人たちは」


『誤解している。

 彼らは“見る力”を、支配に使った』


 光が、わずかに揺らぐ。


『それは、本来の用途ではない』


「本来……?」


 問いかけた瞬間、膨大な映像が流れ込む。

 過去の隕石。

 何度も、何度も。

 文明が芽生える直前、必ず現れる“光”。


 人類だけじゃない。

 別の星、別の知性。


『見ることは、進化ではない』


 一拍。


『責任だ』


 ひなたの胸が、苦しくなる。


「……じゃあ、私たちは何をするの」


 沈黙。

 そして、静かな答え。


『選ぶ』


 光の点が、三つ、強く輝く。


『世界を、どう見るかを』


 その瞬間、ひなたは現実に引き戻された。


 ベッドの上。

 ノートは開いたまま。


 円の中央に、新しい文字が浮かんでいる。


 --次は、君たちだ。


 スマートフォンが、同時に震えた。


 あゆむと、あきとからの着信。


 画面を見た瞬間、ひなたは息を呑む。


 同じ写真。

 同じ場所。


 立ち入り禁止区域の中心。


 昨日まで、何もなかったはずの場所に――

 巨大な“目”の形をした光の構造物が、出現していた。


 世界はもう、見られる側ではいられない。

 見る者を、選ぶ段階に入ったのだから。


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