第6話 光視会

 立ち入り禁止区域は、思っていたよりも近かった。


 フェンスの向こうに広がるのは、焼けた土と、不自然に静かな空間。

 草木は途中で成長をやめたように歪み、空気そのものが薄く膜を張っている。


「……ここ、音が変」


 あゆむが小声で言う。


 確かに。

 風の音が、ワンテンポ遅れて届く。

 ひなたの視界では、空間がわずかに屈折して見えた。


「時間の歪み、強くなってる」


 あきとの声も硬い。


 三人はフェンスの切れ目から中へ入った。

 その瞬間だった。


 --拍手。


 乾いた音が、静寂を切り裂く。


「素晴らしい」


 低く、よく通る声。


 振り向くと、土の盛り上がりの向こうに人影があった。

 白に近い灰色のローブ。

 年齢のわからない、穏やかな笑み。


 その背後にも、数人。

 全員、同じ服装をしている。


「……誰?」


 あゆむが一歩前に出る。


「私たちは《光視会(こうしかい)》」


 男は胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げた。


「隕石--いえ、“啓示の核”を守る者です」


ひなたの背中を、冷たいものが走る。


「守る……?」


「ええ。選ばれた人間だけが、あれに近づく資格を持つ」


 男の視線が、ひなたに向いた。


 正確には――ひなたの目に。


「あなたは、よく見えていますね」


ぞっとするほど、確信に満ちた声。


「……離れて」


 ひなたは無意識に後ずさる。


「心配しないで。排除はしません」


 男は微笑む。


「あなたたちは、まだ“目覚めの途中”だ」


 その瞬間、ひなたの視界が勝手に分割された。


 ローブの裾。

 指先の動き。

 呼吸のリズム。


 --この人、見えてる。


 能力者だ。

 しかも、かなり制御している。


「下がれ!」


あゆむが叫ぶ。


 次の瞬間、地面を蹴った。

 加速。

 視界が止まり、距離が一気に詰まる--はずだった。


 だが。


 進めない。


「……っ!?」


 あゆむの足が、空を踏んだまま固まる。

 まるで、透明な壁。


「焦らないで」


 男が言う。


「これは“拒絶”です。核が、あなたを拒んでいる」


あきとの目が鋭くなる。


「……空間に、焦点を固定してるな」


「ええ。見ることで、境界を作る」


 男は、誇らしげですらあった。


「私たちは学んだ。

 隕石は力を与えるものではない」


 一拍。


「選別するものだ」


 ひなたの頭痛が、急激に強くなる。

 光の輪が、視界いっぱいに広がった。


「ひなた、無理するな!」


 あきとの声。


 でも、ひなたは目を逸らさなかった。


 --見える。

 壁の“継ぎ目”。


 男の焦点が、完全ではない。

 複数人で空間を支えているから、わずかなズレがある。


「……あゆむ」


「なに!?」


「三秒だけ、全力で走って」


「了解!」


 ひなたは、光を集めた。


 太陽、空、歪んだ地面。

 全てを一点に。


 --レンズフレア。


 強烈な閃光が、空間の壁を撫でる。


「……っ!」


 男の表情が、初めて崩れた。


 その隙に、あゆむが動く。

世界が、破れる。


 三人は一気に後退し、フェンスの外へ飛び出した。


 背後で、男の声が響く。


「逃げても無駄ですよ」


 穏やかで、確信に満ちた声。


「啓示は、すでに始まっている」

 フェンスの外。

 息を切らしながら、三人は立ち尽くした。


「……あれ、宗教とかいうレベルじゃない」


 あゆむが吐き捨てる。


「隕石を“神”にしてる」


あきとは静かに言った。


 ひなたは、震える手で自分の目を押さえた。


 --見られている。


 能力者を集め、選別し、管理する存在。


 隕石の正体を知る前に、

 自分たちは、もっと大きなものに踏み込んでしまったのかもしれない。


 空の向こうで、光が一瞬だけ脈打った。


まるで、次の段階を促す合図のように。




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