第5話 不穏
その夜、ひなたはほとんど眠れなかった。
目を閉じると、あの日の光が浮かぶ。
空が裂けた瞬間、世界が「見えすぎてしまった」感覚。
ベッドの上で身を起こし、ひなたは自分の手を見つめた。
掌の向こう、カーテンの隙間から入る街灯の光が、わずかに歪む。
「……落ち着いて」
深呼吸。
視界の分割は、意識すると強くなる。
最近、ひなたはそれを学び始めていた。
――見るな。絞れ。
焦点を一点に集める。
世界のノイズが、少しずつ遠のいていく。
そのときだった。
スマートフォンが震える。
画面に表示された名前に、ひなたは目を見開いた。
あきと
明日放課後
話したいことがある
あゆむも来る
短い文面。
けれど、胸の奥がざわついた。
ただの雑談じゃない。
直感が、そう告げていた。
翌日、放課後の屋上。
フェンス越しに見える空は、あの日と同じように澄んでいる。
なのに、ひなたの目には、薄く光の層が重なって見えた。
「来たね」
先にいたのは、あきとだった。
その隣で、あゆむがフェンスに寄りかかっている。
「表情、固いよ」
あゆむが軽く言うが、目は笑っていない。
「……何の話?」
ひなたが尋ねると、あきとは一拍置いてから口を開いた。
「能力者が、増えてる」
空気が、張りつめる。
「隕石以降、全国で似た報告が出てる。
視覚、聴覚、反応速度、空間認識……全部、“知覚”が変化してる」
「そんな……」
「まだ表には出てない。でも」
あきとの視線が、ひなたの目を正面から捉える。
「隕石の落下地点を中心に、能力の強度が高い」
あゆむが続ける。
「でさ。昨日、俺の知り合いが近くまで行った」
「近くって……立ち入り禁止の?」
「うん。戻ってきたけど」
一瞬の沈黙。
「……視界が戻らなくなった」
ひなたの喉がひくりと鳴る。
「“見えすぎた”まま、固定されたらしい」
それは、ひなた自身が何度も恐れた未来だった。
「能力は、便利なものじゃない」
あきとは静かに言う。
「制御できなければ、壊れる」
屋上を渡る風が、フェンスを鳴らす。
ひなたの視界で、あゆむの輪郭がわずかに遅れて揺れた。
「……だから、行くの?」
ひなたは言った。
「隕石の場所へ」
あゆむが小さく笑う。
「さすが。見えてるね」
あきとはうなずいた。
「原因を知らなきゃ、対処もできない。
それに--」
一瞬、言葉を選ぶように目を伏せてから、続ける。
「隕石は、まだ終わってない」
「……どういう意味?」
「“落ちた”んじゃない」
あきとの目が、ひなたの視界の奥を射抜く。
「置かれたんだ」
その言葉と同時に、ひなたの視界が震えた。
遠く、地平線の向こう。
見えないはずの場所に、光の歪みが重なっている。
まるで、世界そのものが――焦点を合わせようとしているみたいに。
ひなたは、はっきりと理解した。
この力は、偶然じゃない。
そして、自分たちはもう、引き返せない場所に立っている。
隕石の正体を知るまで。
“見ること”の意味を知るまで。
物語は、まだ始まったばかりだった。
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