第2話 偶然ではない

 隕石が落ちてから三日後。


 街は表面上、元の姿を保っていた。通学路も、信号も、コンビニの看板も変わらない。

 けれど、ひなたの世界だけが違っていた。


 視界が、常にざわついている。


 黒板の文字は必要以上にくっきりと見え、教室の隅で落ちる消しゴムの動きまで追ってしまう。目を閉じても、世界は完全には消えてくれなかった。


「また、か……」

 こめかみを押さえ、ひなたは深く息を吐く。

 これは夢じゃない。そう思うたび、胸の奥がざらついた。


 その日の帰り道だった。


 交差点で信号を待っていると、前方の車道に小さな影が飛び出した。

 スマートフォンを見ながら歩く、小さな子ども。

 

 --危ない。


 考えるより先に、視界が弾けた。


 世界が、割れた。

 無数の視点が同時に立ち上がり、車の速度、

子どもの足取り、信号が変わるまでの時間が、ひなたの中で一瞬にして重なり合う。


 フライアイレンズ。


 名前なんて知らない。ただ「見えてしまった」。


 次の瞬間、対向車のフロントガラスに、強烈な光が走った。


 太陽の位置、角度、反射。

 ひなたの視界がそれらを勝手に計算し、光を一点に集める。


 --レンズフレア。


運転手が反射的にブレーキを踏む。

 タイヤが悲鳴を上げ、車は子どもの手前で止まった。


「……っ!」


 子どもが泣き出し、周囲がざわめく。

 ひなたはその場に立ち尽くしたまま、自分の手を見つめた。


 何もしていない。

 触れてもいない。


 それなのに、世界が--動いた。


 遅れて、激しい頭痛が襲ってくる。

 視界の端で、光の輪がまだ消えずに揺れていた。


「……今の、私……?」


 誰にも答えは返ってこない。

 ただ、胸の奥で確信だけが芽生えていた。


 これは偶然じゃない。

 隕石の日から、自分はもう--普通じゃない。

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