【Scene2 思い出は春風に揺れて】
窓の外には、春のやわらかな陽射し。
風に揺れるカーテンが、白いレースの波を描いていた。
真優子はソファにもたれ、そのゆらぎをぼんやりと目で追っていた。
さっき父に告げられた「大切な話」という言葉が、まだ胸の奥で小さく波立っている。
けれど――今はまだ、何もわからない。
ふと、視線が隣の家に向いた。
今は誰も住んでいない、小さな空き家。
伸び放題の草と、色あせた郵便受けが、時間の流れだけを残している。
「……そういえば、昔……」
無意識にこぼれた言葉に、自分で少し驚いた。
でも、その続きを止められなかった。
「あそこに、透くんが住んでたんだよね」
名前を口にした瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。
浮かんできたのは、幼い頃の記憶。
――恥ずかしがり屋で、なかなか目を合わせてくれなかった男の子。
でも「こんにちは!」と何度も声をかけていたら、ある日、そっと頷いてくれた。
それが、すべての始まりだった。
庭でシャボン玉を飛ばしたり、ぬいぐるみを貸し合ったり。
透はいつも少し後ろに立って、私の影に隠れるようについてきた。
私が離れそうになると、不安そうに、小さな手を伸ばしてきて――
今思えば、あの手の温もりが、ずっと胸に残っている。
「真優子ちゃんって、なんでもできるね」
「……ぼくも、そんなふうになりたいな」
まっすぐで、少し震えた声。
今でも、耳の奥に残っている。
最後に会ったのは、小学校に上がったばかりの春だった。
ある日、ぽつりと「引っ越すんだ」と聞かされて、ふたりで泣いた。
それでも――泣き顔を見せたくなかったのか、透は必死に背筋を伸ばして言った。
「もっとかっこよくなって、帰ってくるから」
「だから、待っててね」
あれが、最後。
それから手紙のやり取りも、いつの間にか途切れ、
中学、高校と時間が流れて――
透の存在は、静かに“思い出”の引き出しにしまわれていった。
……はずだった。
なのに今日はどうしてだろう。
父の「大切な話」という一言が、
閉じていた引き出しを、そっと開けてしまったみたいだった。
真優子は、もう一度隣の空き家を見つめ、小さく笑う。
「……もう、私のことなんて忘れてるよね、きっと」
そう思おうとしたのに、胸の奥がざわつく。
もし――もし、また会えたら。
そのとき、私はどんな顔をすればいいんだろう。
そんなことを考えていた、ちょうどそのとき。
ピンポーン……。
玄関のチャイムが、静かな午後に鳴り響いた。
君を“姉”と呼ぶ夜に ~未来を結ぶ約束~ 神田遥 @moririn165
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