3.
鉄柵の隙間、網目の向こうに、今頃自分たちがいるはずだった場所が見えた。広大な敷地一帯の木々が張り巡らされた装飾、白いLEDの光に淡く照らされている。
「あの観覧車に向かって歩けば良かったんだね……」
ストローから口を離したひろみが呟いた。再びストローを口に含み、音を立てながら底に残ったジュースを啜っている。
しばらくして、ひろみが口からストローを離すのを見た康子は白いビニール袋の口を広げ、ひろみは空になったカップをそこに入れた。
「花火大会終わったら公衆電話探さないとだね」
ビニール袋を小さく畳みながら康子が呟き、不安気な表情でひろみはうなずいた。
ひろみのスマホは電源ボタンを長押ししても起動しなくなり、康子のスマホは発熱は収まったものの、電源が付いたまま画面は真っ暗なままで、何の操作を受け付けなくなってしまった。復活を諦めた二人は、それぞれのバッグとポーチにそれをしまった。いつもスマホを握っていたひろみの右手が手持ち無沙汰なのか、今は両手で引き寄せた康子の袖をつまんでいる。
有能なナビゲーションを失った二人は、花火大会の会場に向かっている人の波に紛れ込んでいれば、自然と会場にたどり着くだろうと高を括ったが、失敗した。
ニューイヤーフェスティバルの会場とは別の場所でコンサートも行われていて、二人はそのコンサート会場に向かう人々の波に紛れてしまったのだ。
スマホを失い、もはや自分たちいる場所すら分からなくなった二人は、長い徒歩移動に辟易して、雑居ビルの屋上で給水器を囲むコンクリートの縁石に座り込んでいる。
疲れ切った二人は、遠くに観覧車の見えるイベント会場に向かうことを諦め、せめて花火が見れそうなこの場所にたどり着いたのだ。
「まだ、始まんないのかな?」
ひろみが真直ぐ浮かせた足を、膝からふらふらと上下に揺らしながら言った。
「流石に、もう直ぐじゃない?」
康子は答えた。二人共スマホを失い、今が何時なのかすら分からなくなってしまった。
「明日からどうしよう。わたし、スマホないと生きていけないよ……」
ひろみが大真面目な表情で呟き、ため息を吐いた。
「まぁ、言い争いをするくらいなら、一緒に花火でも見とけ、ってことよ」
康子が言った。去年、この時期に買って貰ったばかりのスマホが入ったカバンを見ながら、まだ保険が残っていることを祈っていた。
突然、屋上のドアが開いた。
驚いたひろみが反射的に「キャッ」と大きな声を出した。康子は、これは怒られるに違いないと確信し、恐る恐る振り向いた。
しかし、思いかけず入ってきたのは兄妹らしい二人の子供だった。兄が妹の手を引いていた。
ひろみの叫び声に驚いたようで、一瞬目を丸くして少女たちを一瞥したが、結局は何も言わずに通り過ぎ、彼女たちと同じように少し離れた場所の縁石に座った。すぐに恐らくその両親が入ってきた。
二人の少女は思わず、互いに向き合い目を合わせた。
「そっか、屋上は解放されてたんだね」
家族四人が仲良く並んで、自分たちと同じ方向を向いて座っているのを見て、察した康子が言った。この屋上から花火を見るために、わざと鍵が開けられていたに違いない。
ひろみはその言葉で理解したらしく、ようやく曇っていた表情が明るくなった。
「なーんだ。別に私たちが”主人公”だから、って訳でもなかったんだね」
少し残念そうにひろみが言った。そういうことにしておきたかったが、やはり物事には理由があるのだ。
その後も人の流れは続いた。時間の経過とともに屋上の上には大人数の見物人が溢れた。
酒とつまみを持参した若者や、ずっと密着している男女に子供連れの家族、日常とかけ離れた経験のためか、テンションの上がった小さな子供たちが、柵に沿って走り回っている。雑多な人々の声と笑い声、子供の奇声が、深夜の暗い闇を押しのける。
「でも、ラッキーだったね。ここ見つけられて」
人々の歓声と笑い声に包まれ、高揚した弾んだ声でひろみが言った。
「うん」
康子は心から同意した。出店がないことが唯一の不満だが、それを除けばまるで花火大会の会場にいるような気がした。
しばらくすると、それまでの喧騒が徐々に静寂へと移行していった。ひろみが一瞬不安げな表情を見せたが、すぐにその静寂の理由は分かった。
「じゅう!」
突如、どこらともなく始まったカウントダウンの声で、二人はもうすぐ年が明ける時間が迫っていることを知ることができた。
「きゅう、はち、なな……」
ひろみも無邪気に、周囲の人々に交じって同じようにカウントダウンを始めた。
「ろく、ごー、よん……」
康子はなんだか照れくさくて声を出せなかったが、ひろみに手を握られ促されると一緒にカウントダウンを始めた。
「さん、にー、いち……」
「ゼロ!」
2026年を告げる歓声と同時に、遠くで一つの巨大な花火が打ち上がり周囲は感嘆の声に包まれた。すぐに相次いで複数の花火が上昇し、しな垂れた光のベールが巨大な花火の残像をかき消していった。
次々と上がる花火の連なりに、再び耳を塞ぎたくなるような喧騒が周囲を包み込んでいった。
「なに、どうしたの?」
怪訝な表情で遠くを見つめている康子に気付いたひろみが言った。
「あれ……」
康子が遠くを指差した。ひろみがその方向を見ると、会場からずっと離れた場所、奥に見える海の方から、次々と複数の白い光が上昇していくのが見えた。
「すごーい!こんなの初めて見たよ!」
ひろみは笑顔で言って、再び康子の横顔へ振り返った。
「でも、どこまで昇っていくのよ。これ……」
目を細め、その光の軌跡を追い続けている康子の表情は、次第に強張っていった。
夜空を覆いつくす花火の遥か上を、彗星のような白い光が複数、上昇し続けていた。周囲の人々も同じように気付き始め、それまでの喧騒が少しづつ静寂へと移行した。花火の音圧と、子供の甲高い声だけが夜の空気を震わせている。
「……何か、違くね?」
康子が呟いた。
その時、周囲のスマホから一斉に緊急アラームが鳴り響いた。
UTC 15:00、JST 00:00
日本海側領海内で、海上自衛隊所属のイージス艦によりSM-3ブロックIB迎撃ミサイルが発射
北海道、東京都、愛知県、兵庫県、福岡県、沖縄県の各陸上自衛隊基地から地対空誘導弾が一斉射撃される
米海軍所属の横須賀、嘉手納の米軍施設から同時にミサイルの発射があった、という目撃情報が相次いだ
UTC 15:34、JST 00:34
日本政府が戒厳の宣言を発令
同時刻、ミサイル発射を探知したロシア、中国両国が厳戒態勢へ移行
ロシア、中国の動向を察知した米国が警戒態勢に移行
UTC 16:13、KST 00:13
大韓民国陸軍が、北朝鮮が何らかの飛翔体を発射したと日本政府に通報
UTC 00:00、GMT 00:00
英国領内で訓練中の戦略原子力潜水艦(SSBN)がトライデントIIを発射
米国、NATO加盟国などの西側諸国が厳戒体制に移行
UTC 00:17、MSK 03:17
ロシアの国営放送チャンネル1が、「英国が核ミサイル発射実験に失敗した」と報道
UTC 05:00、EST 00:00
米国内、東海岸を航行中していた2隻のオハイオ級原子力潜水艦がトライデントIIを発射
UTC 06:00、CST 00:00
ノースダコタ州のマイノット空軍基地、モンタナ州のマルムストローム空軍基地、ワイオミング州のF.E.ワレン空軍基地から相次いで、約140発のミニットマンIII、ICBMを発射
UTC 06:18、MSK 09:18
ロシア大統領が、米国が大陸間弾道ミサイルを発射したとして同国に対し宣戦布告
UTC 06:20、CET 07:20
ノルウェー政府が、第三次世界大戦勃発の恐れがあるとして、全国民に対し核シェルターへの避難を命令
UTC 06:21、PST 22:21
米国大統領がテレビ演説を開始
米国東海岸沖の領海内に核攻撃を受けたと発表中に、番組が中断
番組再開後、米国本土が核の脅威にさらされているとしてロシアに対して宣戦を布告
UTC 06:24、MSK 09:24
太平洋側に配備されていたロシア海軍ボレイ型原子力潜水艦がブラヴァーを発射
ロシア本国のコゼリスク基地、タチシチェボ基地の固定サイロ、およびテリコヴォ基地の移動式発射台が、約70発のヤルス、サルマトを発射
UTC 06:28、PST 22:28
米国内、太平洋岸を航行中していた4隻のオハイオ級原子力潜水艦が、トライデントIIの発射を試みるが失敗
UTC 06:38、CST 14:38
中国人民解放軍ロケット軍が約20発の東風-41、東風-31AGを発射
UTC 06:44、CST 14:44
中国共産党は自国民に対し「我が国は戦争状態にある」と宣言
UTC 06:52、PST 22:52
米国副大統領が、中国に対する宣戦布告の署名を大統領が行ったことを発表
UTC 06:59、CET 07:59
NATO事務総長が、同盟国がミサイル攻撃を受けたことを根拠にロシアと中国に対し宣戦布告、即時報復を発表
フランス海軍ル・トリオンファン級原子力潜水艦がM51を発射
UTC 08:00、PST 00:00
米国内、太平洋岸を航行中していた4隻のオハイオ級原子力潜水艦が、トライデントIIを発射
2026年01月01日
地表は無数のきのこ雲に覆われた
(完)
新年明けましておめでとうございます (a happy new year)
Jamieはたけのこ派 サトウカシオ @an_APO
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