2.

 部屋の明かりをつけることはできなかった。数日前に消えたリモコンは家のどこかにあるはずなのだが、いまだに見付けられていなかった。部屋の中を照らすのは、カーテンの隙間から透過する月の明かりだけだった。

 LEDライトの点灯と共に、スマホの動画撮影が始まった。白いスポットライトのような明かりが、床の上をせわしなく動き回った。

 女は三十秒ほどスマホのカメラを回し終えると撮れた動画を確認したが、気に入らなかったようで同じことを繰り返し始めた。すべてを収めるために、女はカメラをあちらこちらに向けていたが、どうしてもうまくいかなかった。動きが早く、まるで追いつかないのだ。


 大きな音で目覚めるとこうなっていた。ロボット掃除機が部屋の中を、まるでピンボールのように床の上を跳ね回っている。何度かベッドから床に降りようとしたが、そのたびに掃除機が自分に向かって突っ込んでくるので、動けないでいた。

「掃除、止めて、掃除、止まれ、掃除、ストップ」

 何度も言葉にしたが、音声コマンドは一切受け付けようとしなかった。

 先ほど実家の父親に電話してみたが、助けるどころか面白がって、そのうちバッテリーがなくなって止まるから放っておけ、と笑われてしまった。

 女は長い間、ベッドの上で途方に暮れていたのだが、不意に良いことを思い付いた。


 女は笑みを浮かべ、カメラを固定してみた。掃除機を追うのではなく、画角に飛び込んでくる掃除機を撮ればいいことに気がついたのだ。

 スマホの画面の中を、掃除機が走査線のように何度も横切っていく。

 撮れた動画を再生し、その成果に満足した女は、急いでその動画をSNSに投稿した。




◆◆◆◆


 緊急停止を告げるブザーの音とともに、一斉にモーターの空転する音が印刷工場に響いた。輪転機上部に設置された警告灯の点滅が、アイドリング状態への移行を示している。

 上の階の管理室から技術屋が顔を出して何か言っているが、エアーの抜ける音にかき消されて聞こえない。まあ、何を言っているのかは想像できた。

 複数台の印刷機を回り、出力された紙を束にして持ってきたバイトが駆け足で戻ってきた。

「全部同じ図です!」

 男は上の一枚を拾い上げると、まだ何か叫んでいる技術屋の方へ向けた。

「あんたら、データ間違っとるよ!」

 男の声はよく響いた。図柄を見た技術屋が管理室を飛び出し、何か喚きながら鉄製の階段を甲高い音を鳴らしながら速足で降りてくる。

「休憩良いよ、十五分くらいしたら戻ってきて」

 手持ち無沙汰で、その場に立っているほかないバイトに向かって、男は言った。

「うっす」

 バイトは頭を下げると、他のバイトに声をかけながら、共に工場の外へ向かって歩き出した。


「全部これだってよ」

 男は、まるで百メートル走を終えたように息を切らせて近付いてきた技術屋に、その紙を広げて見せた。

「どうせこの前みたいに、間違えて一括指定とか入れたんだろ」

 男が首を左右にひねりながら言った。

 技術屋が眼鏡を前にずらして、差し出された図面をまじまじと眺めた。

「いや……」

 技術屋は困惑した表情をして言葉を続けた。

「こんなデータどこにも無いぞ……」




◆◆◆◆


 電気ストーブのコードをギリギリまで伸ばし、椅子の近くにまで寄せてはいたが、それでも充分ではなかった。監視カメラの前で、カップ麺の年越しそばとコンビニのおにぎりで過ごす、その男にとっては二年連続で同じ大晦日の夜だった。

 通常は二人体制での勤務なのだが、年末年始は一人、暖房も心もとない小さな電気ストーブだけとなる。多少、侘しくはあるがそれだけに気楽であり、手厚い特別手当も出る。男は今年もこの場所での勤務を、自ら志願した。


 男がお湯で満たされた魔法瓶を持ち上げた、その時だった。監視カメラの並ぶ側面から差し込む光の点滅が、机の上に置いていたスマホの黒い画面に映り込んだ。

 監視カメラの方を見ると、どうやらテナント内に設置された、数十台のカスタマーサポート用のPCが、一斉に起動している様子が見えた。

 男は立ち上がると、棚の中から業務日誌を取り出し中を確認し始めた。慎重に読み、どこかに書類が挟まっていないか調べたが、何もなかった。再びカメラの方を見ると、既にOSは立ち上がっているようで、ウインドウ内のテキストが激しくスクロールしている。全てのPCが、同じ処理を行っているように見えた。

 卓上に二台の並べられたスマホのうち、社用のそれを取り上げると、男は履歴を辿り会社の名前を探し始めた。


「あの、PCメンテナンスやってるみたいなんですが、そっちに情報入っていますか?」

「えっ、今やってるの?」

 電話先の上司が驚き、問い返してきた。

「はい、PCが全部起動してますね」

「……本当に?」

 少し沈黙があって、通話先の上司が言った。

「はい」

 男が即答すると、電話の向こうで別の社員と何度かやり取りがあり、上司が受話器を拾い上げる音が聞こえた。

「……管理会社とテナント……三和システムさんの方だよね?今から確認してみるから、とりあえずアンタは見てきてよ」

「分かりました、確認したら掛け直します」

 男はそう言うと、恨めしそうに魔法瓶の頭を数回ポンポンと叩き、仕方なくそのスマホを持ったまま警備室を出て行った、


 上階へ向かうエレベータのボタンを連打し、その到着を待っていた。

 日誌によれば、その日、ビル内に残っている人はいないはずだし、自分が勤務を引き継いでからも人の出入りはなかった。ブザーで呼び出されない限り、通用口は施錠されている。連日泊まり込みの社員でも残っていたのだろうか。

 そんなことを考えなら待っていたが、いつまで経ってもエレベーターはやってこなかった。男が見てみると上部のパネルも、自分の押しているボタンも消灯したままだった。


「うそでしょ……?」

 男は思わず声に出した。数時間前の定期巡回の時には、確かに動いていたのだ。当然、メンテナンス作業の申請もなければ、施設内に入った作業員もいない。

 一瞬、これからどうするべきが分からなくなったが、男は何度か意図的に深呼吸をして自分を立て直した。非常階段で、カスタマーセンターのある四階まで行けるはずだ。


 ポケットの中の小さなスマホが、外へ飛び出しそうに激しく上下していた。警棒を持ってこなかったことを一瞬後悔したが、構わず階段を昇り続けた。次第に激しくなる息遣いとともに、通り抜けた階の数字を頭の中でカウントし続けた。

 ようやくその数字が四に達した時、男は目前のドアを開けた。


 少し身構えたが、その先にはいつもと変わらない光景があった。最小限の誘導灯だけの暗い通路を抜け、各部署につながる長い通路に出ても、それは変わらない。若干の安ど感とそれでも消えない緊張感を抱えたまま、目的の場所に歩き続けた。


 サポートセンターのドアを開け、足を踏み入れた男は言葉を失った。

 むせ返るような熱気が部屋の中に充満していた。すべてのPC内部で、あらゆるファンが全速で回転する音が重なり、体を震わせるような地響きとなって、男に迫ってきた。

「……誰か、誰かいますか?」

 男は叫んだが、返事はない。部屋の中ほどまで歩き周囲を見回したが、人の気配はなかった。あっという間に噴き出てきた汗を、男は袖で拭った。

「誰かいませんか?」

 もう一度叫び、ポケットの中に入れたスマホを探った。ドアの方向に戻りながら警備会社に繋いだが、返答は轟音にかき消されて聞こえなかった。


「もしもし、聞こえますか!?」

 すでに部屋の外に出ていたが、男は勢いのまま思わず叫んでしまった。

「ああ、あのね、向こうに委託の管理会社あるらしいんだけど、対応中らしい。正直、教えてくれないから良く分からんのだわ……」

 もうお手上げという調子の、困惑した上司の言葉が続いた。

「こっちは、何ていうか……部屋の中の全部のPCが、全力で重い処理とか……動かしているような感じでした」

 どうしたら年配の上司に伝わるだろうか。男は通話を続けながら、非常階段に向けて速足で進み始めた。

「部屋の中が、凄い熱気を感じくらい暑くて……止めた方が良いような気がします」

 その男の言葉に、突然、上司が言葉を荒げた。

「触んないでね!絶対に!こっちの責任になっちゃうから、報告だけで良いからね!」

「了解です……とりあえず他の階も確認してみましょうか?」

 男は口にしてから、エレベーターが動いていないことを思い出し、自分の言葉に後悔した。止まってしまったエレベータのことも報告しなくてはならない。

「そうねぇ……」

 考えあぐねている上司の沈黙が続いた。


 男は思わず立ち止まっていた。正面の窓から見える光景に目を奪われていた。

 そこから見渡せる、この場所と同じように誰もいないはずの無数のビル、窓という窓、そのすべてが明るく灯されていた。

 男は唖然としながらゆっくりと歩み続け、窓枠に手を触れると厚いガラスに顔を寄せた。

「もしもし……おい、どうした?」

 スマホから漏れる声は、もう届かなかった。




◆◆◆◆


 テレビから漏れる後付けの笑い声が部屋の中に蓄積されていく。見ている者はいなかったが、惰性でテレビを垂れ流し、家族三人がテレビとこたつのある居間で過ごしていた。大晦日とはそういうものだからだ。


「やっぱ、子供の方が理解が早いね……」

 父親は、目の前の出来事を驚きをもって眺めていた。

 春には中学生になる息子が、上京してきた祖父たちから初めて与えられたタブレットを、あっという間に使いこなしている。


「じゃあ、次は電子決済のやり方ね」

 母親は自分のスマホを脇に置くと、息子から端末を取り上げ、何やらアプリを入れ始めた。

「お前、本気なのか?お小遣いを電子マネーでやるって……」

「慣れていた方がいいでしょ、今の時代。それに全額じゃなくて、毎月五百円だけよ。ロックはかけてるんだから、心配しないでよ」

 母親は不安気な夫を宥め、息子に端末を返した。

「運送屋に五百円の買い物、配送させんのか?大変だねぇ……」

 飽きれた口調で父親が言った。

「別にいいでしょ、毎月会費払っているんだから」

 そう言うと、母親は再び自分のスマホを取り上げ弄り始めた。


「ねぇ、マンション欲しい?」

 しばらくタブレットを弄っていた息子が言った。

「そりゃ、買える金があったら欲しいに決まってるでしょ」

 苦笑いを浮かべて母親は答え、父親は肩をすくめるしかなかった。一瞬、気まずい空気が流れた。


 いつの間にか、テレビでは延々とコマーシャルが続いていた。ハッとして頭上の時計を見上げた母親は、手を差し出して夫に目の前のリモコンを渡すように催促した。

 母親はそれを受け取るとチャンネルを変え、リモコンを夫と息子の手の届かないテーブルの端に置いてしまい、待ち構えている。

 父親が小さなため息を吐いた。どうやら年またぎで妻の“推し”が司会をする番組があるらしいのだ。

「おい、あんまり音量上げるなよ、お父さんたち起きるぞ」

「分かったわよ、これくらいならいい?」

 母親は再びリモコンを手を伸ばすと、気持ちだけ音量を下げた。

 派手な音楽とともに番組が始まった。推しが登場すると、母親は女子高生のような歓声を上げた。


 父親は眠気に襲われ、もうろうとしながらしばらく画面を行き来する息子の指先を追っていたが、大きなあくびをすると我慢できずに、こたつに潜り込むように横になった。母親はテレビに、息子はタブレットに没頭していて、まるで気付かなかった。


 息子が課せられたタスクを達成し、笑顔を浮かべながらタブレットの画面から顔を上げた。いつの間にか横になっている父親に気づき、覗き込んだが、眠っているように見えた。

「お母さーん」

 息子に呼ばれたが、母親はビスケットを頬張りながらテレビに夢中でまるで気付かなかった。

「お母さん!」

 大声で呼ばれ、眉をひそめながらもようやく母親は振り向いた。


「お小遣いでマンション買えたから、買っておいたよ」

「はい?」

 母親が言った。息子の意味を理解できずに、聞き間違えたのだと思った。

「だから、マンション買えたって」

 息子は自慢げに、タブレットの画面を母親に向けた。

「何、バカなこと言ってるのよ!」

 母親は急いで息子からタブレットを取り上げると、その画面に目をやった。

「何だよ……?」

 突然の大声に、横になっていた父親が、目を擦りながらのそのそと起き上がった。

 そこには満面の笑顔でこちらを見ている息子と、唖然としてタブレットの画面を凝視している母親の姿があった。

 突然、テレビのニュース速報を告げるチャイムが鳴って、三人は一斉にテレビの画面に目を向けた。


”電子決済で初めてのお買い物”の実績を解除しました!




◆◆◆◆


 キーボードのRGBライトが次々と色を変えながら、男の疲れ切った顔面を彩色していく。深夜だというのに、カーテンで閉じられることなくむき出しの窓の外には、煌々と明かりのついたビル街が眼下に広がっている。

 小刻みに連打されるマウスのクリック音と、電話のスピーカーから流れるアナウンスの声だけが、暗い部屋の中に存在している音だった。


”只今、お問い合わせ窓口への通話が込み合っております。そのままお待ち頂くか、しばらく待ってお掛け直しください”


 アナウンスが繰り返し流れる。男は同じ言葉を数十回、十分以上聞き続けていた。

 突然、ドアをノックする音が聞こえ、男は急いで握っていたマウスから手を離し、電話を切った。

「やっと眠ったんで、私も寝るね」

 夜泣きする息子を家中歩きながらあやしていた妻が、ドアから顔をのぞかせて言った。

「うん、大変だったね。お休み」

 男は数回せき込んだ後、答えた。声が上手く出なかった。

「大丈夫?」

「言っただろう?今日までNYがあるんだ……」

 男は答えた。今日まで取引を行って、年明けから二週間ほど休暇をとって帰省する予定になっていた。

「そう……じゃあ、お休みなさい」

 ドアが静かに閉じられると、男は深いため息を吐き、背もたれに全体重を預けて天を仰いだ。心身共に疲れ切っていたが、眠ることなどできなかった。


「なんだよ、これ……」

 大きな机の上に、整然と並べられた四台のモニター全てにありえない数字とグラフが並んでいる。その下には、激しい嘔吐感で部屋を飛び出した時に引っ掛けた書類が、散らばったまま放置されていた。

 テロ、システムのバグや太陽フレア──あらゆる説がネット上を駆け巡っている。銀行も証券会社も、サイトはダウンしたままでログインすることすらできない。

 コップの中の冷めたコーヒーをすべて飲み干すと、男は再びマウスを掴み、ブラウザーのリロード・ボタンをクリックし始めた。


 男のいるマンション、腕に巻かれた腕時計、駐車場の車。そのどれもが、もはや男の所有物ではなかった。




◆◆◆◆


 イージス艦内に、一般警報のアラームが断続的に鳴り響いた。

 食堂で休憩中だった隊員たちは反射的に立ち上がったが、一瞬、周囲の同僚と目を合わせ眉をひそめた。しかし鳴り止むことのないアラームに急かされ、食堂を出た隊員たちは、それぞれの決められた配置場所へ走り始めた。


「訓練?もう直ぐ年明けですよ……」

 哨戒長は苦笑いを浮かべ、隣の艦長に思わず話しかけた。暗くなったCIC室の中で、青い照明と水中レーダー、無数のモニターの光が周囲を照らしている。

「余計な言葉はいい。始めるぞ」

 艦長はそう言うと、背もたれから体を起こし帽子を被り直した。いつもの厳しい表情に戻っていた。

「はい」

 哨戒長は短く答え、モニター上の情報に目をやった。


「弾道ミサイルは、日本本土に向かって飛翔中」

 室内にアナウンスが流れ、メインモニターに仮想的な目標の情報が表示された。


「対BM戦闘用意」

 哨戒長の宣言とともにキースイッチが押し込まれ、上部のボタンが緑色から赤色へ切り替わった。

「弾道ミサイルを迎撃します」

「対BM戦闘、SM3攻撃始め!」

 哨戒長の言葉に続き、即座に艦長の命令が下った。


「発射5秒前……3、2、1」

 オペレータがカウントダウンを始めた。

 直にスイッチに添えられた指が、それを押し込んだ。

「SM3発射」

「目標、能登半島北西四百五十キロメートル」

 アナウンスとともに、モニターには目標とミサイルの軌道、それぞれの予測軌道が、少しずつ交わろうとする映像が映し出されてた。隣のモニターでは、数列の値がそれぞれ激しく増減を繰り返している。

 その場にいる誰もが、その映像を横目に注視し続けていた。


 予測軌道と実際の軌道、目標とミサイルの軌道が交差し、全ての数字がゼロになった。

「弾道ミサイルを迎撃しました」

「SM3攻撃止め」

 哨戒長と艦長の声とともに、どこかで小さなため息が漏れ聞こえた。室内を一斉に安堵感が満たした。


「SM3……対BM戦闘が停止できません……」

 哨戒長の上ずった小さな声が、艦長に届いた。

「え、何のエラー?」

 艦長がモニターを確認すると、対BM戦闘が継続されたままだった。


「キースイッチが反応しません!」

 怒声となった哨戒長の言葉が、CIC室内に響いた。モニターの対空、対潜戦闘VLA、レーダーなどの表示が次々とブラックアウトしていく中で、対BM戦闘モニターだけが、その実行状態を示している。

 CIC室の開錠と、通信オペレータへ電子整備班要請の命令が、即座に実行された。


「えっ、セキュリティーシステムもOFFですよ?」

「そんな訳ないだろ、確認しろ、バカが!」

 哨戒長の、あってはならない事態を告げる言葉に、艦長はいら立ちを抑えることができずに、言葉を荒げた。

「えっ……でも見て下さい。セーフシステムの方……」

 モニター上のアクティブなデータは、全てが”交戦中”であることを間違いなく示していた。

「ダウンしてる?」

「いや、OFFです」

 艦長の問いに、哨戒長は答えた。今、口にした言葉を、自分自身ですら信じられなかった。現実の交戦時以外の発射を抑制するシステムが、正常に起動していなかった。


「発射命令が出てるの?」

 艦長が通信オペレータの方へ身を乗り出しながら確認した。この一連の出来事が、訓練の続きなのか、本当のトラブルなのか、確信することができなかった。

「繋がりません!指令室、艦橋、外部、全部ダメです!」

 通信オペレータは、モニター脇のダイヤルを繰り返し回しながら答えた。

「もういい、走って行ってこい!何人か使って、直接情報をやり取りしろ!」

 室内では、コミュニケーションを取るために、各々が大声で叫ぶしかなかった。オペレータが頭からヘッドセット放り投げ、数人の隊員と短く言葉を交わすと、一人の隊員がCIC室を飛び出して行った。


「SM3のカウント始まってます!」

 椅子から半ば立ち上がり、腰を浮かせたオペレータが叫んだ。全員の視線が、一斉に声の方向へ向かい、空気が一瞬で凍り付いた。

「そ……緊急停止!緊急停止!」

「緊急停止!」

 号令と共に、それぞれがシステムの停止と再起動の為に動き出したが、多くの隊員は青ざめた表情のまま、真っ暗のモニター横のスイッチを、空しく押し続けるしかなかった。


「ステータス、赤、赤、赤!」

「VLS起動!ゲートが……ゲートが開いてます!」

「イグニッション・システム起動!」

 各所で、次々と叫び声が沸き上がった。


「おい!」

「やってます!……なんで……」

 哨戒長の口から懇願するような弱々しい声が漏れ出した。


「回避運動始め!取舵一杯!最大戦速!」

 艦長は立ち上り、レーダと作業台の前に立って叫んだ。

「軌道を変えるぞ!」

 危険を承知で、急旋回によって艦を傾け、ミサイルの軌道を逸らすことを決断したのだ。

「操舵不能!もう発射体制に入ってます!」

 操舵ハンドルを握った隊員が叫んだ。ハンドルはロックされていた。CIC室内の操舵システムも機能していなかった。

「諦めるな、戦争になるぞ!」

 艦長の声だけが、その場にいる全員を突き動かし続けた。


「SM3!……発射します!」

 ディスプレイアシスタントが振り返り、メインモニターに、艦橋から甲板を映し出すカメラの映像が映し出された。

 甲板から、噴水の様にオレンジ色の炎が無数に空高く吹き上がり、その脇から、次々とSM-3ブロックIBの尖った頭がゆっくりと覗き出した。


「えっ……?見て下さい、相対座標ゼロですよ」

「は?」

 哨戒長の言葉に、唖然とした艦長が答えた。もはや、理解の範疇を超えていた。


「真上……真上に向かってます、これ……」

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