詰みかけ迷宮世界

知捨猫

迷宮が生まれた世界

人類は西大陸で発展していた。

当時人類は人同士で土地と資源を求めて常に争っていた。

石油や火薬が発見されると、火器を用いて戦争を始めその争いは更に加速した。

大地は血に塗れ、その血が乾く暇もなく日々凄惨な光景が広がっていたと云う。


ウィルキンス王国歴162年。

新年の始めに、大陸中の人間が天から響く鐘の音を聴いた。

目の前にウィンドウが現れ、人々はステータス開示の力を与えられたと云う。

この時、同時に幾つかの迷宮が生まれたとされる。

現在の天鐘元年にあたる。


迷宮の魔物は銃火器や飛び道具では駆除できなかった。

素手、あるいは武器を握れば魔物を倒す事が出来たが武器そのものの効果は薄く、人の体には何か力が宿っていると考えられた。

そこで当時の支配者は、前時代の奴隷と言われる身分の者達を定期的に投入して調査を行った。

奴隷には人権がなく、物や所有物として扱われていた。


迷宮発生から暫くの間、活発な調査は行われなかった。

危険の割に得られる物が余りにも乏しかったからだ。

奴隷もタダではない。

一部の者は天から響いた鐘の音とその力を天啓・神託などと呼び奇跡を願ったが、世界に変化は見られず、その声はいつしか消えていた。

迷宮が生まれても人は変わらず血を流し合っていた。


迷宮調査から数年が過ぎた頃、ドロップ品の転職玉を使って下級職に就いた奴隷が現れた。探索者の始祖『カカ』である。

カカには当時魔力を持たなかった人類には考えられないような力が宿った。

カカは奴隷達の中で一躍英雄となり、積極的に危険な迷宮探索を希望する者も現れ始めた。

この時に下級職のジョブが幾つも確認されたため、迷宮の解明と攻略に国も本腰を上げ始めた。


やがて探索者、斥候、戦士、剣士、制作者、流浪人の下級職6種類の能力が判明する。

取り分け、制作者ジョブがもたらした影響は大きく、様々なアイテムが作られたことで迷宮調査は一気に加速した。

中級迷宮の魔物を倒せば食料が得られるため、天候に左右されない貴重な資源として注目され集める。

人類は長く続けていた土地の奪い合いから、迷宮攻略に目を向け始めた。


迷宮が生まれ、数十年が経過した頃には多くの中級職が現れ、鍛治士が作る装備品や、魔道具士が作り出す様々な魔道具も市場に並び賑いを見せ始めた。

魔道具の利用には迷宮産の硬貨が必要であったため、迷宮から持ち帰られた硬貨も正式な貨幣の一つとしても広まりを見せていた。

人類は上級迷宮の攻略が見えてくる程に順応していった。


しかし恩恵ばかりではなく、支払った代償も大きかった。

迷宮は人を喰らい成長する。

被害は迷宮で倒れる奴隷達だけに留まらず、幾つもの迷宮が育ち騎士級迷宮が生まれていた。

その結果、迷宮から吐き出される瘴気は強まり、相当数の土地が汚染されて魔域化して見捨てられていった。

当時大量の血を流し奪い合った土地には最早人の姿はなく、迷宮がそこに在るだけだった。

人同士の争いはその数を大幅に減らした。



更に数十年が過ぎた頃、人類は上級迷宮を管理できる程に適応していた。

ゲートを初めとした魔道具も国民の生活に浸透し、文化も様変わりを見せる。

そんな中、一人の魔道具士が建国水晶の作成に成功する。

建国水晶を用いることで、当時ステータスウィンドウでは全員が流民だけであった身分に、『貴族』『国民』『非才』『罪人』が与えられた。


国民になると生活系とされる7つの下級職が新たに選択可能となった。

その効果が判明すると迷宮に入らない全成人国民へのジョブ取得が推進され、国の生産力は増加した。

建国水晶がもたらす恩恵は、これまでの魔道具とは一線を画していた。

更に建国水晶を用いて魔道具に加えられた管理機能は、あっという間に新たな税体制を形作った。


数多の恩恵をもたらした一方で、懸念していた大きな問題にも直面した。

国民の4割以上を占めていた農奴達の扱いと、現行の身分制度である。

魔道具である建国水晶の制作方法や仕組みは厳重に秘匿して進められたが、それはいつまでも隠し通せるものではなかった。

迷宮を討伐し、素材を得れば他にも作成出来る者は現れ始める。


建国水晶の使い方は徐々に知れ渡り、ついには奴隷達にも知られることとなった。

ステータスウィンドウが示す『貴族』という身分に、『血筋』は全く関係がないと。


血筋は旧体制では絶対の原則であり、その高貴な血を持って旧貴族達は人々を治めてきた。


神は生まれで貴賤を設けていない。

迷宮を討伐し、土地と国民を守れる者こそが貴族なのだ。

では何故、旧貴族達は奴隷わたし達が得た力でまた支配を続けようとしているのか?


奴隷という身分を神は用意していなかった。

自分達が、子供達が、父母が、祖父母が、遥か昔から所有物として扱われてきた奴隷とは一体なんだったのか?


誰かが言った。

「ステータス開示は己を知れとの啓示だった。我々は偽りの身分に囚われて生きていた」


ある者が触れて回る。

旧貴族達やつらの存在は神の意思に反している。存在そのものが神への冒涜だ」


ある者が叫んだ。

「力無きペテン師共が、これからも奴隷達われわれを騙し!搾取を続ける!このままで良いのか!」



時をかけずして奴隷達や一部の国民が蜂起した。

内乱は混迷を極め、多くの血が流れた。

旧貴族家はその殆どが廃された。


そしてそれは大陸全土で連鎖的に発生した。




多くの国で統治者は変わり、幾つかは滅んだ。

残った国々も内戦で国力は大きく削がれ、迷宮に抗う組織力も低下した事でこれまで管理していた迷宮も持て余し、吐き出す瘴気や魔域に飲まれ始めた。

新たな統治を掲げ新国家も興ったが、その多くは掲げた理想を成す前に姿を消していったと云う。

人類は魔域の進行を受け、西大陸の東側まで追いやられ、団結して立て直すことを余儀なくされた。




新たな身分制度で人類が手を取り迷宮に立ち向かう中、これまで未開拓であった東大陸からの調査結果がもたらされた。


「東大陸には迷宮が存在しない」


またしても世論は荒れる。

迷宮のある世界で生きていくのか、迷宮のない世界に戻るのか。




マーカス・ブラント著『迷宮学史序説』より


参考『ウィルキンス王国顛末記』

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