第13話

「僕さ、絶対にここのグループじゃないと思うんだけど」

 和奏の演奏を聞いた次の日、運動会の練習として台風の目をしていた。問題は僕は一番最初に走って他と差をつけるグループに配属されたことだ。

 台風の目は四人で一グループで、僕の他に康誠と浩一がいる。二人共僕よりも五十メートル走のタイムは一秒以上速い。

 僕より足の速い人間はクラスに何人もいる。足を引っ張りたくないので可能なら同じ足の速さでグループを作ってほしいものだ。

 「楓真も十分足が速いさ。それに必要なのはチームワークだしな」

 康誠はそう言って浩一の方を見る。

 「康誠には言われたくないな」

 康誠も浩一もサッカーや日常生活でも我が強いタイプだ。積極的に活動し、自分の意見や考えを通そうとする。

 僕は自分の意見を言うことは苦手なので凄いと思う。僕はどちらかと言うと場にある意見をどうするか話す方が得意だ。

 良く言えば協調性があり周りが見える。悪く言えば消極的だ。

 ただ台風の目のような単純な走力がものをいう競技で、足の遅い人間が周りに合わせるのは不可能だろう。どちらかというと合わせてもらう立場だと思う。

 「まあ、とりあえず走ってみようぜ」

 浩一の声に僕達は頷いて竹の棒を掴み走り始める。四人が一列に並ぶ中で僕は一番内側で走る。

 奥にあるコーンを中心に一回転するため、外側の人ほど回転の為に速度が求められる。一番遅い僕は内側が最適である。

 そんなことを考えながら走っていると速度があまり出ていないことが分かる。急に失速したり、バランスが崩れたりする。それはコーンを曲がった後こそ顕著に現れ、チグハグになる。

 「……遅いな」

 康誠は渋い顔でそう呟く。僕から見ても決して遅いとは言わないが拍子抜けな速度だった。ただ原因は明白だった。康誠が他と比較して速く、突っ込みすぎている。

 外側に傾くせいで速度が出ず、他の人の手と竹の間隔が広がるせいで走りにくくなっている。

 僕はこのことを伝えるか迷った。事実のみを言っているつもりだが、指摘の側面が強く、批判とも取られてしまうかもしれない。

 「何か悪いところはあったか?」

 「えっと……」

 「別に遠慮する必要はないだろ、改善点があるなら治すべきだ」

 「そうだね、その通りだ」

 僕は康誠の意志が強く澄んだ瞳を見て頷くと、改善点を口にする。

 「なるほど、確かに傾いてた」

 「そっか、俺が邪魔してたのか。気づかなかった」

 康誠はそう言って申し訳なさそうに手を合わせる。

 「僕が傾けないように速度が出たら別なんだけどね」

 「誰だって無理だから安心しな」

 浩一はそう言って僕の肩に手を置く。

 三人とも特に不満な顔をすることもなく相談を終えると、さっそく練習に移る。

 一回目と異なり康誠が少しセーブすることで竹の棒は傾くことなく、水平を保ちながらかなりのスピードが出る。

 僕は引っ張られるようにしながらついていく。ここで気づいたことは、竹の僕を両手で掴む都合で腕が振れない。だから足の回転と歩幅が重要になる。他と比べて足の回転数が少ない僕は奥に足を出し、引っ張られる意識で走ることで喰らいつけることが判明した。

 カーブ後も順調に走り、中心の二人が抜け、端の僕と康誠が姿勢を低くしてみんなの足元を通していく。特に速度が必要なわけではないので差がつくことはなかった。

 それから個人の練習を終え、通しの練習が始まる。同じ組の奇数クラスが横並びになり、ブザーが鳴らされ、第一走者が走り出す。

 僕達のグループは他と比較して速い方で差を作ることに成功する。

 走り終えた僕は定期的に足元を通る竹の棒を飛び越えながら、和奏のクラスを目で追いかける。

 台風の目は男子のグループと女子のグループが交互に走っていく。

 右隣で走っているとは言え和奏に気づけるか疑問だったが杞憂だった。

 和奏は真ん中に並んでいて、隣に並ぶ華凛と前後の男子と話していた。

 やっぱり和奏は他の人と比較して立ち姿や笑顔が大人びていて、惹きつけるようなものがある。

 そんなことを考えていると和奏のグループが走る番になる。現状では三組とも目立った差は無く、白熱した対決となっている。

 ほとんど同じタイミングで竹の棒が渡ると和奏達は走りだす。横ばいで走りだした三組だったが、しだいに和奏のクラスである五組が遅れを取る展開になる。

 その原因は明白で、最初の僕達のように外側に傾いている。加えて明らかに息があってない。内側の華凛と外側の女子の足の回転数と歩幅に差があって、華凛は腕が伸びきった状態で走っている。これじゃスピードが出るわけがない。それに掴む力が弱まってしまう。

 「あ!」

 和奏のグループが竹の棒を落とすと周りから痛いものを見た時のような声が上がる。原因はついていけなかった華凛が竹の棒を離してしまったからだった。

 だが華凛を責めるのは違うだろう。台風の目に求められるのはチームワークで徒競走とは違う。

 お互いにコミュニケーションを取り、配慮する必要がある。康誠のように自分の速度をセーブして周りに合わせる行動が重要になる。

 和奏がいればコミュニケーションが失敗するとは思えないが何か問題でもあったのだろうか?

 それから全てのグループが走り終わり、結果は後半差をつけることが出来た僕のクラスで三組が一位、竹の棒を落としてしまった差が最後まで響いた和奏のクラスである五組が最下位という結果になった。

 

 「何よその言い方!あんたが息も合わせずにスピード出すからでしょ!」

 体育の授業が終わって教室に戻ろうとする生徒が列を作っている後方で、ある女子生徒の怒声が上がった。

 ほとんどの人が声の主が誰か分かり、一斉に振り向く。それは僕も例外ではなく、今まで聞いたことのない声に慌てて視線を送る。

 そこには一緒のグループの女子を鬼の形相で睨み付ける和奏がいた。ただならぬ雰囲気に周りがざわめきだす。

 僕は衝撃的な光景にどうしたらいいか分からず、周りをキョロキョロする。すると康誠と目が合い、肩に手を置かれる。

 「そんなに見たくないなら止めるか」

 優しい表情の康誠はそう言って肩から背中に手を回し、和奏の方に向かって僕を押す。

 僕は歩きながら地に足がつかない感覚に襲われる。怒っている和奏にどんな言葉をかければいいか分からないでいた。

 「華凛が遅いのが悪いんでしょ!」

 「そんな言い方は酷いんじゃないかあおい

 優しい声色の康誠がそう声をかけると、気の強そうな顔をした少女である葵は一瞬敵意を康誠に向けたが、すぐに落ち着いた表情を見せる。

 「でもさ康誠、私は足引っ張ってる方が悪いと思うんだけど」

 「葵は俺と同じことをしてるよ」

 康誠はそう言って葵と和奏を切り離すように話し始める。一瞬康誠はこっちを見てウインクをする。

 こっちは任せておけ。という意図を理解した僕は口を開く。

 「大丈夫二人共?」

 僕がそう声をかけると華凛は涙が流れた顔を背け、和奏は恥ずかしそうな顔を向ける。

 「そうだよね、同じ赤組で練習してたんだから楓真がいるに決まってるよね。ご、ごめんね、見苦しいとこ見せちゃって」

 「いや、全然」

 明らかに動揺して声を震わせた和奏は乾いた笑いを浮かべて謝る。

 普段見せない弱った姿にどうリアクションしていいか分からずに言葉が止まる。一瞬気まずい時間が流れたがすぐさま和奏が口を開く。

 「そんなことより、楓真一番最初に走ってたでしょ。それにかなり速かったし、楓真は同志だと思ってたのに」

 和奏は不満を見せるように少し唇を尖らせてそう言う。

 「僕も決して足が速いわけじゃないけどね。実際に康誠とは一秒以上差があるし」

 「それなら何でついていけるのよ?」

 「もちろん康誠達が合わせてくれてるのが一番大きいんだけど、歩幅を大きくして引っ張られるように走るようにしてるんだ。そうすれば他の人が勝手に引っ張ってくれるから」

 「よくそんなに解析出来るね。私は走ることに精一杯なのに」

 基本的に和奏は褒めたり励ましたりする時に自分を下げるようなことは言わない。どうやら本当に運動は苦手らしい。

 「でも個人で出来ることなんて些細なことだよ。やっぱり四人で息を合わせないと」

 僕がやっている工夫は康誠達がスピードを落として僕に合わせてくれてるのに対し、僕は歩幅をみんなに合わせてるにすぎない。

 「そうね。ほら、もう泣かないの華凛。あなたが悪いわけじゃないんだから、あとは私がなんとかするから」

 和奏は優しい表情でそう言うと華凛の頭を優しく撫でる。僕を励ます演奏をした時のように母性を感じさせた。 

 「天宮君と和奏ちゃんは知り合いだったんだ。どうやって知り合ったの?」

 泣き止んだ華凛は和奏の方を見ながらそう口にする。 

 「えっとね……」

 和奏はどう答えるか困った様子で僕を見る。僕としてもどう答えればいいか分からず、ただ視線を返す。

 すると背後から影が近づいてくるのに気づく。

 「大丈夫か二人共?」

 振り返って声の主を確認すると心配そうな浩一が立っていた。

 「こっちは平気よ浩一。問題はあっちね」

 どうやら和奏と浩一は面識があるようでスムーズに会話を始める。

 「葵と喧嘩してたよな。仲良かった記憶があるんだが」

 「……昔の話よ」

 僕が見た限りでは犬猿の仲のように見えたが訳ありらしい。僕が鹿児島にいた時期の話に少し疎外感を感じる。

 重い沈黙が少し訪れた後、康誠が葵を引き連れてやって来る。より重い空気が流れるが最初に口を開いたのは葵の方だった。

 「私がスピードを出し過ぎてたみたい。次からゆっくり走るから」

 謝っているようで馬鹿にしてるような言葉に和奏は眉間に皺を寄せるが、すぐに表情を戻す。

 「お願いするわ。私達もついていけるように最大限努力するから」

 どちらも譲歩の言葉を口にしているのに空気は重いままだ。僕はこういう時にどんな言葉を口にしたらいいのか分からず沈黙する。きっとこの先も分かることはないという確信がある。

 「ねえ、あなた楓真って言うのよね。今年に鹿児島から引っ越して来たんでしょ?どう、学校生活には慣れた?」

 「う、うん。みんな良くしてくれるから楽しいよ」

 葵に不意に話しかけられ、動揺しつつ返答する。

 「みんなと言うと和奏も?」

 「そうだよ」

 「ふーん」

 葵はまるで値踏みをするような顔を向けると、性格の悪い笑みを浮かべる。

 「話は変わるけど楓真って大人っぽいよね。落ち着いてるし、台風の目の時も改善点を見つけたんでしょう?すごく素敵なことだと思うわ」

 「あ、ありがとう」

 葵に唐突に褒められて驚きつつお礼を口にする。もちろん悪い気はしない。

 「私はね和奏と華凛と同じクラスの高杉たかすぎ葵言うの、これからよろ――」 

 「そろそろ行きましょ、休みの時間も終わるし、一条先生も不安そうだし」

 優しく微笑んだ葵が僕に手を差し出すと、不満気な顔をした和奏が強引に前に出て言葉を遮る。和奏らしくない行動に僕を含めた全員が驚く。

 そんな僕達を尻目に和奏は一人で歩いていく。

 「楓真って和奏と友達だったんだな。それもかなり仲が良さそうだった」

 浩一はどこか睨むような視線を向けながらそう口にすると、一条先生の方に向って歩き出す。その姿から察するに一条先生にどんな様子か見てくるように頼まれたようだ。

 「浩一が来るのは予想外だったな」

 康誠はしまったという顔でそう呟く。僕も康誠の意図をだいたい理解する。

 浩一と和奏は前から友達のようだったし、和奏は康誠と一緒でモテる。ぽっと出の僕が和奏と仲良くしているのは気に入らないだろう。

 それから特に何も起こらずみんなが教室に戻り、次の授業が始まった。

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