第4話
「では、初回の体育はみんなに五十メートル走の測定をしてもらう」
始業式の次の日になり、一、二時間目はクラスの係を決めることになった。
四年生にもなると生徒それぞれに役割のようなものが出来ていてほとんどの係がスムーズに進む。
例えば学級委員なんかは一瞬で決まり、康誠と康誠の友達の
だが係の中には大変なものがあり、放送委員と美化委員だ。
放送委員は四年生から登場する係で、週一回のお昼の放送がある。
みんな週一回というのが嫌でやりたがらない。
また美化委員も週一回の清掃もしくは花壇の整備がある。
ちなみに僕は美化委員に挙手をした。
掃除する場所の中に多目的室があったからだ。
昨日見た感じでは適当に掃除されていた。埃がダメな僕にとってな係と天敵の排除が可能で一石二鳥だった。
僕が手を挙げた時に相方はいなかったが、係の中でも楽な体育係のジャンケンに負けた
美化委員になった時の浩一の顔は絶望そのものだったのが印象的だった。
そんなことを思い出していると準備体操が始まり、身体が温まったところで五十メートル走の測定にうつる。
ちなみにタイムの測定は一条先生と体育の先生をが両手でストップウォッチを持ち、一回で四人測定する。
先に男子を測定し、次に女子を測定する。
「楓真」
「はい、何ですか一条先生?」
僕が測定する列に並ぼうとしたタイミングで一条先生に声をかけられる。
「体調が悪くなったらすぐに言ってな」
「はいすぐに言います。でも大丈夫だと思います」
鹿児島に引っ越したメリットは空気が綺麗なだけじゃなかった。
田舎は全てにおいて距離が遠い。家から小学校まで三十分はかかったし、坂道も多かった。
そのおかげで僕の肺と足は十分に鍛えられた。
それに友達と遊ぶ場所なんて外しかないので鬼ごっこも散々やった。
だから五十メートル走で体調を悪くしない自信があった。
「先生も言ってたけど体調は大丈夫なのか?」
「うん、五十メートル走ぐらいなら平気」
僕が遅れて列に合流すると康誠に体調の心配をされる。
列に並んだ康誠は周りに取り巻きがいなかった。
恐らくだが康誠と一緒には走りたくないのだろう。
改めて康誠と向かい合うとカッコイイという感想を抱く。小麦色に焼けた肌からは活発さを感じるし、何より男らしい顔をしている。それなのに笑った顔には愛嬌がある。
「せっかくだし、一緒に走ろうよ康誠。話したいこともあるし」
「……おう、一緒に走るか」
僕の提案に康誠は一瞬驚いた表情をしたがすぐに承諾して、隣に立って並ぶ。
「それで、話って?」
「昨日の話なんだけどさ、どうして康誠は僕がプロを目指していると思ったのかなって」
僕がそう言うと康誠は少し困った顔をして口を開く。
「えっとね、俺と同じで三歳の頃から将棋をやってるのと、凄い堂々としてたからさ」
「そうかな?僕、自己紹介の時凄い緊張してたんだよ。暗記した台詞をそのまま言っただけなんだ」
「だよな、そりゃあ緊張するよな」
康誠はそう言って笑いながら共感してくれる。
僕はなんとなく康誠が人気な理由に触れた気がする。
「そういえば、将棋ってどうやってプロになるんだ?」
康誠にそう聞かれて僕は最もな疑問だと思った。
サッカーや野球といったスポーツ全般はプロチームからの推薦やクラブチームからの昇格などが一般的だ。これらは簡単に想像がつく。
だが将棋や囲碁といったものは想像しにくい。
「将棋は奨励会っていう場所で六級からスタートして四段に昇格すればプロになれるんだ」
「つまり階級を九回上げないといけないってことか?」
「そうなるね」
「楓真は奨励会に入っているの?」
「いや、入ってない。僕は今年の八月に試験があってそれを受けるよ。一応言っておくと基本的に奨励会に入るのは小学校高学年からなんだ」
奨励会に入ったのが最も早いプロ棋士ですら小学三年生だ。
むしろ小学四年生でも早い方であることを言っておく。
「なるほどな、ちゃんとガチなんだな」
「そうだよ、僕は竜王になるんだ」
竜王って言って伝わるか心配だったが康誠にはしっかり伝わったらしい。
嬉しそうなった康誠が口を開く。
「俺もプロのサッカー選手を目指してるんだ。ユースにも入ってる」
「ユース?」
「将棋で言う奨励会みたいなもんさ。といっても俺が入ってるのはアンダー18の下部組織なんだけどな」
康誠は謙遜するように下部組織と言ったが凄すぎることだ。下手なユースより遥かに凄い。
下部組織は、Jリーグに所属するクラブチームの将来を担う選出を生み出す育成組織だ。
正直言って奨励会に入るよりも何倍も難しいことだと思う。
だが当時の僕はその感覚がなかった。だから次のような軽率な言葉を発してしまった。
「じゃあ、お互い頑張ってプロになろうね」
「おう!絶対なろうぜ!」
こうして僕と康誠の間に誓いが生まれると僕達の番がくる。
「テンション上がってきた!」
康誠は楽しそうにそう言って何度かジャンプをして構える。
今回はクラウチングスタートではなく、スタンディングでのスタートだ。
「位置について!」
体育係の生徒がそう言って、手に持っている旗を高く上げる。
それと同時に僕と康誠を含めた四人は身構える。
「よーい!ドン!」
体育係の生徒が開幕を宣言すると同時に、旗を勢いよく振り下ろす。
測定する先生は旗が降ろされたタイミングでストップウォッチを押した。その瞬間歓声が上がり、先生は顔を上げて走っている生徒を見る。
そこには稲妻のように駆けている康誠がいた。
前傾姿勢で腕を大きく振り、足の回転はばねが付いていると錯覚させるほど早い。そして大きな動作でも決して軸がブレない体幹は見事の一言だった。
そして同様の感想を後ろから追いかける僕も抱く。
スタートの時点で背中を追っていたし、ゴールまで十メートはあるのに康誠は既にゴールしている。
「こんな速いのか」
ゴールに着いた僕は息を整えながらそう呟く。規格外とは康誠のことを言うのだろう。
「テンションが上がってたからな、たまたまだ」
清々しい表情をした康誠がそう言って横に立ち、一条先生にタイムを聞きに行く。
一条先生は左の二人を担当しており、僕達はセットで測定された。
「康誠がこっちで、楓真がこっちね」
一条先生はそう言ってそれぞれにストップウォッチを渡す。
僕のタイムは9.13秒だった。小学四年生の平均タイムが約9.6秒のことを考えれば少し速い。
「何秒だった?」
「9.13秒だった」
僕はそう言って康誠にストップウォッチを見せる。
「康誠は?」
「7.78秒だった」
「7.78秒?」
僕より1.5秒速いタイムに思わず復唱してしまう。
「康誠!お前めっちゃ足速いな!」
僕と康誠はほんの数秒の会話をしただけなのに、康誠はいつの間にか友達に囲まれる。
「……住む世界が違うな」
僕は友達に囲まれる康誠を見て思わずそう呟く。
僕には康誠のようなカッコよさも運動神経も視野の広さもない。あるのは将棋だけだ。
それに康誠はサッカーがある。
将棋とサッカー、だっちが人気なのかなんて今さら言う必要もない。
「おい楓真、一緒に記録を書きに行くぞ!」
勝手に一歩引いた僕に向かって康誠は友達の間を抜けて手を引く。
そして強引に輪の中に入れる。
東ノ崎小学校に入学して二日目、僕は康誠という友達によってクラスの輪に少し溶け込むことができた。
僕はこの短い時間で心の底から康誠という人間を尊敬し、憧れた。
この日は寝つきの悪い僕がよく眠れた珍しい一日だった。
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