腹いっぱいの卵焼き
Akira Clementi
第1話
二XXX年、全世界の鶏たちが一斉蜂起した。
「我々鶏は、人道的な飼育環境を望むコケェッ!」
新宿駅の真ん前で街頭演説に立ったリーダー鶏の姿は、皆の記憶に新しい。いたって普通の雄鶏がマイクを前に、人語で叫んでいたのだ。
鶏たちが国会に提出したという主張をまとめると、こういうことだ。
『人間と同じくらい快適な環境で生活させろコケェッ!』
そんなこと言われても困る。
そりゃあ毎日卵を産んでくれるのはありがたいけれど、他の家畜だってそんな快適環境にいるわけじゃない。なによりとんでもない数がいる鶏たちを全羽快適な環境にすぐ置けるわけもなく。
人間たちがあれやこれやと言い訳をしている間に、鶏たちは次の行動に出た。
産む卵に異変が起きたのだ。
「くそっ、今日も殻が多いな……」
休日の俺は、台所で卵焼きを作ろうとしていた。だが卵は割っても割っても中からひと回り小さな殻が出てくる。あれだ、マトリョーシカ状態だ。
演説に交渉にと駆け回る雄鶏たちに続けとばかりに、雌鶏たちはこのマトリョーシカ卵を産むようになってしまったのだ。ひたすら割り続けてやっと中身に出会えたとしても、その大きさはうずらの卵程度しかない。
じゃあうずらの卵を買えばいいのではと思われそうだが、もううずらの卵は流通していないのだ。
『私たちの卵勝手に食べておいて、喉に詰まるとか言ってんじゃないっピ!』
うずらの卵を喉に詰まらせるという事故が数回続いた後、雌のうずらたちがブチ切れた。雄のうずらたちの先導で各地の農場を脱走したうずらたちは、今どこにいるのか。
ああ、やっとマトリョーシカ卵を割り終わった。一パック買ってきたところで少ししか食べられないが、大変貴重な卵だ。
なんせ今、卵は一パック数千円する。乾燥卵黄や卵白にいたっては、諭吉や栄一が何枚も必要だ。
もしも、もしも鶏たちがいいというのなら、俺は鶏と同居してもいいと思っている。エアコンもなんでも使い放題で構わない。だから昔のような卵を産んではくれないだろうか。
うう、卵。卵が食べたい。昔弁当に入っていたような、立派な玉子焼きが食べたい。
卵。
ああ、卵。
腹いっぱい食べてえなあ。
***
あれから十数年が過ぎ、俺は鶏の一家と同居していた。「ペット可の家に住む者は鶏を同居させるべし」というまさかの法律が可決されたのだ。
雄鶏さんに、雌鶏さん、それから長女鶏ちゃん。ああ、それからつい最近長男鶏くんが産まれたっけ。
雄鶏さんは毎朝俺を起こしてくれたり、家の警備をしてくれている。空き巣を撃退してくれたのは記憶に新しい。
雌鶏さんは毎朝卵を産んでくれる。もうマトリョーシカ卵ではない。ごく普通の無精卵だ。おかげで俺は卵料理に困らなくなった。
長女鶏ちゃんも無精卵を産んでくれる。彼女は今年鶏大学に進学した。鶏大学の学費は安い。安月給の俺でもなんとか払ってやれる。
生まれたばかりの長男鶏を見ていると、小さかった頃の長女鶏ちゃんを思い出してちょっとばかりうるっとしてしまう。いつか嫁に行くんだろうなあと思うと、寂しいものだ。
しかし、きっと長男鶏くんが大きくなったらお嫁さんを見つけてくれるだろう。鶏たちの婚活はかなり積極的だ。
新鮮な卵で卵焼きを作れる幸せに、俺は包まれていた。
卵って、幸せの味がする。
腹いっぱいの卵焼き Akira Clementi @daybreak0224
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