第6話


「来なかった」


 少し残念な気持ち。

 ふへへぇ~~だっせぇ……。あんな必死なツラしててよぉっ。あんな程度に勝てなかったのかよ~。

 騒ぐルチャードを睨みやる。憤りがあるが、だが事実だもの。

 少年は約束に来れなかった、判断を間違った。



「では第3の実技に入るぞ! これは単純でいて一番難しいんだ、複数の目標にきちんと……」

「えぇそう……、そうですね。簡単過ぎる程だから――」

 その氷の笑顔に試験官が焦るほど。一撃必殺。

 この威風堂々たる少女の動きは群を抜いていた。何せこの時点でレベル19。38歳大ベテランの動きと、そうして精神年齢として40年を経た読みの強さ。

 並の騎士でも十分相手できる姿、むしろそんなの足元にも――。

「早い……、そして何より鮮烈。それなのに丁寧で基礎が堅い、聞いてはいたが歴代でも有数だろう、彼女は」

「あぁ、それにコッチの貴族の……、あの弟子とされた少年もだな。もうほぼほぼ大人だろう、確かにあの少女には劣るが、だが……今回の入学者はいったい――」

 うなずく。しかも荒れもしない、誰もが必死のこの時代では乱闘なんてしょっちゅうだ。そのまま全員が合格。


「そう――。よくやりましたね、弟子たちよ……」その言葉に感慨深くうなずく。この地方をほぼ制圧できた。私の弟子だけで。

 この先は……。待って、待つんだ――はぁ……はぁ……。

 その実技試験の終わりだった。走って来る姿が、小さくとも力強いその「はぁ……はぁ……、待って欲しい、置いて行け……、その希望だけは置いてけ――」

「すごい……ボロボロ――」

 それはあの少年だった、間に合ったようだ。そうだ、間に合ったのだ。剣を抱え。


「今から試験をして欲しい、お願いだ、お願いです!」

「いや、もう試験は受けられないぞ、試験は終わっている」

「そんなのどうでも良い……そうじゃない!だから僕にっ……、この僕にアナタを得るチャンスを下さい」

 私だけを見、私に近づこうとする少年、必死に……、ただただかき分けて「希望になれる、この世界の希望にしてみせます。だから試験を受けたいんです!」

「オィ待てよ平民風情がなんだぁ……、大体それはこの俺様の女だぞ、テメェなんぞが気安く触れれるもんかよっ……」「黙れ……はぁ……はぁ……、お前になんて興味はない。あぁ……アナタだ、アナタですっ……、おそばに置いてもらえませんかっ!」

 ルチャードに掴まれかけても諦めない。その言葉に周りが大男を阻んだ、それは無い事はないが……。


「誰もが慕っていた……っ、アナタの姿を見た時から師事したいと思った! 一緒に王都まで行きましょう、歩いてゆく……っ、アナタが師匠の星ならば僕以外に完成系はいない、僕は一番の弟子になる!」

 必死に少年が剣を捧げる、13歳、私のための剣を「だって僕だけだ、僕は貴方を太陽にできるんだぞッ!」

 今までの弟子たちが笑った。何せ生ける師匠とまでになった女性に最高の弟子になると言ったのだから。しかも太陽だとはでも誰も……。


「そう――。でもね、私はもう弟子がいるから、少年君。キミより強く将来性がある、とんでもない男がね」

 そうだ、今回の試験でも分かったんだもの。明らかに才能がある。今まででピカイチ。脚には天馬の羽が生えたようで、筋肉には既に大人を千切る鋼のチカラが。

 必ず魔を滅するだろう、育て方いかんに寄っては国を左右する。私の育て方によっては……。


「でも駄目です……っ、はぁ……はぁ……、もう僕はアナタには師匠となってもらう運命を感じましたから、そうして僕の運命はもう決まってる、それは勇者なんだって――」

 勇者? その言葉にさすがに兵たちですら笑うから、失笑が渦巻く。全てを捨てて旅に出ようと、それは勇者だと、そんな歯の浮くようなセリフ。


「でも信じて欲しいから……っ、僕は勇者になります、アナタの為の勇者だ――!」

 なかなかの口説き文句と情熱、それはだが、まだまだ可愛らしい少年で。それで一番驚いたのはでもステータス値がまるまる見えてしまっている事ね、普通のステータスは見えないの。

 私のそれは信用度や契約によってのみ開示される精神干渉系の能力だ。


「そう……、レベルはたったの5で。能力値も普通から少し上程度よ、ここでなら劣っているとも言えるか――」

 レベルは大体が年齢の半分。そういう意味では健全ならば彼は10歳、本当は13歳だが。

「スキルも真っ白なのは……、この年代ではよくある事。ただでも……」


 何かが見える気がする、にじんでボケているけれど。でも何よりその力強い笑みに言い知れぬ恐怖を感じたのだから。

 何故だろう――この子はおかしい。

 試験官に目をやると、うなずく。全員がニヤついている、さぁ、どうなる――。


「良いわ、一度テストをしましょうか……?」

 やっぱりか――。弟子たちが苦笑。また悪い癖が出ている。それは公平ではないが、ただココしか無いだろう事。ルチャードはぎゃーぎゃーと騒ぐのだけれど無視して続けるから。貴族を競わせるなんて何様だ、そう……、私分からないのよ。

「これは私という試験、それで良いのね? でも少年くん……、こっちにはまず勝てない、そう……ルチャードは手加減という物が抜けた相手ですもの」

「そういう人間に渡したくないからボクは戦うんだ……戦うんですよ! 絶対勝ちますから」


 子供らしいのか、そうでないのか。今から10歳と24歳が戦うと言えばわかりやすいだろう。至難の業なの。しかもこの男と戦うんだ、そうこの……「ナァ? じゃあそれはマジの剣で良いんだよなぁ? 命令すんだわ、なんせコッチが上だからだよ、このルールだよ……、ナァ?」

 殺す気だ。子供相手に必死に止めるが、真剣を引き抜く筋肉の塊が、「こんな小僧に横入りされたんだからよぉ~、こんな屈辱ありえねぇぜって―――」フフ、フヒヒヒ。


 その言葉に少年がうなずいてしまう。睨み合う2人、弟子たちの何人かが恐れている、私に大丈夫かと目で……。何せ相手はルチャード・カルマス3世、断トツの男。


「そう……、でもルチャード? この師匠試験を阻みたいなら1つだから。ルチャード・カルマス3世、アナタが全員に陳謝し謝る事よ、地につきなさい……」

 その言葉に心底笑う声が響く、あまりに場違いな言葉だと。そうして大人たちが合意とみなし前へ出る、「では正式に決闘とさせていただこうか。少し例外だがね、これを勝てばキミも合格だよ」

「いや、必要ないです。僕は彼女さえ得られればそれで良いんだよ、だからお前も宣言しろよ、早く――っ」「ひひ……いひひ――、ヒヒヒヒ――。アァ良いぜぇ~、女をくれてやるよぉ、汚いガキがぁ……。あぁそうだよ言っておかないとなぁ? 何せオマエがこの世で聞く最後の言葉だからなァ~」

 目が血走る、肩を回す。


 するとその剣で固いはずの鞘をぶっ叩き大地へと突き刺し凹ませてみせた。折れ曲がるそれに試験官が驚くから「色気出した馬鹿なガキへのさ~、その最後の言葉にしては十分だろうよ。知ってっかぁ? あの女は俺のだよ……この貴族様の女だよ」

 ガツンともう一度、力づく、もう一度叩くとまた鞘が割れる、「そうして何より貴族は太陽より偉いんだわ、むしろ俺が抱けば誰でも太陽なんだわよぉ……っ。コレは唯一捨てねえで取っておいてやろうと思ってたんだぜ……、いつもならこの俺に相手されるだけで十分、それで太陽の子を与えりゃ十分なのにさぁ……ふへ、ふへへ」

 むしろ泣いて捨てる時の顔がおもしれぇのに――。

 それで完全に鞘を破壊した。


 そのまま剣以外にも鎖かたびらと手甲を渡される少年、それは同じスペックの物。でもこれでは全く無理だろうから、構えた時点で大人と子供だとハッキリ分かる陰影。

 10メートル離れていても少年が危ないと感じる。

 ルチャードが、少年が、真剣に睨む。始まるのだ、足を砂にかませ。

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マウント師匠 K @nekopunchkoubou

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