ネペンテス

仕事帰り、

いつも通りカフェに寄り、

ブラックコーヒーを飲みながら本を読んでから帰ろうと思っていた。


——それだけの予定だった。


君は突然、声をかけてきた。

君のことは、カフェにいるひとりとしてしか認識していなかった。


向けられる品定めの目は、

いつも僕を見ているようで、

実際には、別の誰かに向けられた目をしている。


「そんなに、かっこよくないですよ」


これが、僕のテンプレートだ。


かっこいい人なんて、世の中にいくらでもいる。

僕は特別じゃない。

君が見ている僕も、僕じゃない。

——僕の、器だけだ。


またか。

そう思いながら、

ブラックコーヒーを飲み、ページをめくる。


この時間だけは、

誰にも触れられず、

安心できるはずだった。


——そんな、はずだったのに。


蝶の鱗粉が、

静かに、

僕の内側へと入り込んでくる。

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食虫植物──標本 余白 @YOHAKUSAN

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