ムラサキシジミ

───何、この甘い匂い。


カフェの店内を見渡して、すぐにわかった。

あなたね。奥の席に座っている、あなた。


随分と整った顔立ちに、無駄のない筋肉。

女に困るタイプではなさそうなのに、

なぜひとりで、ここにいるのかしら。


——気になる。


あなたの隣の席が空いていたから、座ってみた。

カプチーノを啜りながら、横顔を観察する。


本当に綺麗な横顔。

骨ばった指。無駄のない輪郭。

実に、男性らしい。


それなのに、この甘い香りは何?

香水ではない。

あなたの体臭?

なぜ、こんなにも甘いのだろう。


本にはブックカバーがかけられている。

何の本かわからない。

秘密主義なのかしら。


あなたがページをめくった、その一瞬。

露わになった文章を見て、私は確信した。


Ничто не легко так, как осуждать злодея,

и ничто не трудно так, как понять его


——ドストエフスキー。

『罪と罰』。


しかも、ロシア語の原文。

日本人で、原作を読む人なんて珍しい。


ロシアにルーツがあるのかしら。

だから、こんなにも整った顔立ちなの?


そう考えた瞬間、

私は気づかぬうちに、あなたを分類していた。


外見。

知性。

背景。

思考の傾向。


——理解できる。

そう、思ってしまった。


そして、そのとき初めて知った。


あなたの外側ではなく、

内側が知りたくなってしまったことを。


カプチーノの泡が、ゆっくりと消えていく。


理性の膜が薄くなるように。

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