アカタテハ

───何かしら、この甘い香り。


カフェの店内を見回すと、

一際目立つあなたが座っていた。

なるほど、あなたが放っているのね。

甘美で、過剰な香り。


いつもの席で、いつものカフェモカを飲む。

やっぱり、ここのカフェモカは美味しい。

とても、私好みだ。


仕事の疲れを癒すこのカフェは、私のオアシス。

それなのに、あなたはなんて甘い香りを放つのかしら。

その香り——正直、不快だわ。


カウンターでカフェモカを飲みながら、

通りを行き交う人々を眺める。

その時間が、私は好きだった。


外の世界で、私は忙しい。

彼らよりも、ずっと。

でもこのカフェの中でだけは、

私の時間は、止まっていられる。


——唯一の、逃げ場。


そろそろ戻らなければ。

そう思って席を立った、そのとき。


気づいてしまった。


あなたへ向けられる、視線。

甘い香りに引き寄せられた、蝶たちの目。


ああ、なるほど。

そういうこと。


私は、少し距離を取って眺めるだけでいい。

巻き込まれるつもりはない。

だって私は、もっと知的な男性が好みだもの。


あなたみたいな人に、

惹かれる理由なんて——ないわ。


そう思いながら、

なぜか一瞬だけ、香りの残る方を振り返った。

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