アゲハ蝶

───カフェに入った瞬間、なぜか甘い香りだけが漂っていた。


視線の先に、彼がいた。

窓際のいちばん奥。

香りの正体は、間違いなく彼だった。


なんて整った顔立ち。

鍛えられた筋肉の線。

そこらへんの芸能人よりも、彼はずっと美しい。


私はココアを飲みながら、彼を見つめる。

舌に残る甘さは、ココアのものなのか、

それとも、彼のものなのか。


話してみたい。

けれど、話題もきっかけもない。

どうか、気づいて。

そう願いながら、私は彼から目を離せずにいた。


あなたの視線は、いつも本の中にあった。

ブックカバーがかけられていて、何の本かはわからない。

何を読んでいるのか知りたかった。

知ることができれば、あなたに近づける気がした。


ふと、店内を見渡す。

私と同じ目で、彼を見ている女が、他にもいた。


——渡したくない。

——先に見つけたのは、私。


言葉は交わさない。

それでも、確かにわかる。

無言の戦いは、もう始まっていた。


甘い香りの中心で、

彼は今日も、本を読んでいる。

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