第5話 結果

「インターンお疲れ様。どうだったかしら?」

 

 夜。経世済民調査会の事務所兼自宅?に戻った僕は、ダイニングテーブルに座るなり、お婆さんからそう尋ねられた。

 

「は、はい。指定された居酒屋に行って、知らないオジさんと話をしてきました。仲良くなれたかは自信がないですが、今度また会ったときは奢ってくれるということでした」

 

「そうなのね。オジさんはどんな話をしてたの?」

 

「ええっと…『我が社』の『部員』のせいで苦労していると言って怒っていました。その部員は『西方』『西方』と連呼する人で、『ホクチン』を簡単に捨て石以下にする訳にはいかないことが分かっていない人だそうです。オジさんが嘆いていました」

 

 僕は、スマホを取り出し、画面を見ながら話を続けた。

 

「オジさんが言っていた内容がよく分からなかったので、帰る途中にネットで調べてみました。西方、ホクチン、捨て石……これらのキーワードで検索すると、陸上自衛隊の第2師団、通称『北鎮ほくちん師団』が、ロシアの北海道侵攻時には捨て石として扱われるという話と、自衛隊の戦力を日本の南西地域で増強するという話が出てきました」

 

「……続けて」

 

 お婆さんが真面目な顔になって言った。僕は少し緊張しながら話を続ける。

 

「はい。なので、あのオジさんは自衛隊関係の人なのかなと思って、オジさんが付けていた青色のストラップを頼りにネットで調べてみました。すると、青色のストラップは、省庁の職員が付けている場合があるということが分かりました。そして、四ツ谷から近い省庁といえば、防衛省です」

 

 僕はスマホから顔を上げてお婆さんの顔を見た。お婆さんは何も言わずに僕を見つめていた。

 

 とりあえず、調べたことを全部話そう。僕はそう考えて話を続けた。

 

「あ、あと、防衛省には『防衛部員』という役職があるということでしたので、あのオジさんは防衛省の職員である可能性が高いのかなと思いました……すみません。僕が分かったのはこれくらいです」

 

「ありがとう、良く分かったわ」

 

 お婆さんが嬉しそうな笑顔でそう言うと、席を立って部屋から出て行ってしまった。

 

 

 † † †

 

 

「合格よ」

 

 茶封筒を持って部屋に戻ってきたお婆さんが、ダイニングテーブルに着くなりそう言った。

 

「ご、合格って、何がですか?」

 

 戸惑う僕に、お婆さんがクスクス笑いながら言った。

 

「何がって、あなたは面接に来たんでしょ?」

 

「ええ、まあそうですが……」

 

「面接もインターンも合格。はい、これが内々定通知書。採用条件に関する書類も付けてるわ」

 

 僕はお婆さんから受け取った茶封筒の中身を取り出した。採用条件を見ると、想像以上の好待遇だった。

 

「え、こんなに給料もらえるんですか??」

 

「そうよ」

 

「あ、あの、僕、居酒屋で知らないオジさんと話しただけなんですが」

 

「それで十分よ。君にはこの仕事の適性がある」

 

 何が何だか分からない僕に、お婆さんが優しい笑顔のまま話を続けた。

 

「経世済民調査会はね、色々な調査業務を行っているんだけど、その業務の一つに、人と話をして、その話の断片から事実関係を推測するっていう仕事があるの」

 

「へえ、それって……」

 

「そう、君の大好きなスパイ映画みたいでしょ」

 

 僕が言うより早く、お婆さんが答えた。お婆さんが少し笑いながら話を続ける。

 

「ふふ。まあ、うちの調査会は別に国の秘密機関じゃないし、秘密兵器で敵と闘う訳でもない。今日みたいに、酔ったオジさんと仲良く話をする程度。でも、スパイみたいで面白そうでしょ?」

 

 お婆さんがそう言って微笑んだ。何となく、話しぶりが早口に、溌溂はつらつとしてきているような気がした。

 

 確かに、僕が大好きな映画のスパイとはほど遠いけど、オジさんに教えてもらった断片的な情報から色々と推測しているとき、すごくワクワクしたな……


 知らない人に声を掛けるのは緊張したものの、その緊張を遙かに超える面白さを感じたことを、僕は思い出した。

 

 そのワクワクした気持ちを反芻はんすうしながら、僕は笑顔でお婆さんに言った。

 

「はい、確かにスパイみたいでとても面白かったです!」

 

「じゃあ決まりね。内々定おめでとう」

 

 お婆さんが笑顔で椅子から立ち上がり、僕に手を伸ばした。僕はちょっと緊張しながらその手を握り返した。お婆さんの手のひらは、お年寄りとは思えない瑞々みずみずしさだった。

 

 そういえば、スパイ映画が大好きってことをお婆さんに言ったっけ?

 

 僕はふと疑問に思ったが、初めてゲットした内々定の喜びに、いつの間にか忘れてしまった。

 

 

 † † †

 

 

 老婆の格好をした女性が、カツラを外し、特殊メイクを落とすと、スマホで電話を始めた。

 

「どうだった?」

 

 電話がつながり、壮年の男性の声が聞こえた。女性が若々しい声で応じる。

 

「はい。観察能力、対人接触能力、分析能力、いずれも満点と言っていいかと」

 

「手加減してないか?」

 

「まさか。あの厳しいですよ? その店主が『あれは天賦の才だ』って言うんですから。間違いないですよ」


「そうか……」

 

 男性の声は心なしか喜んでいるように聞こえた。女性が話を続ける。


「初めてであそこまで対応できるなんて……私も彼の調査・分析結果を聞いていて思わずゾクゾクしちゃいました。危うく変装がバレるところでしたよ」


 女性が笑いながらそう言うと、少しイタズラっぽい顔になり言った。

 

「……で、この仕事が我が国の本物の『スパイ』、諜報・防諜業務であるということは、彼には伝えないんですか? 彼はスパイが大好きなんですよね?」

 

「あいつは素直で優し過ぎる。もう少し様子を見てから判断すればいいだろう」

 

「そんなもんですかね……分かりました、監理官。では、私は次の任務に移ります」

 

「よろしく頼む。さて、こっちは息子の内々定祝いの準備でもするかな」

 

 男性がそういって嬉しそうに笑うと、秘話回線の通話が切れた。

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スパイ映画が大好きな僕が変な面接を受ける話 夢見楽土 @yumemirakudo

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