第2話

 考えてみれば、汐恩には、男から見て少し変だと思う現象が少なからずあった。高校一年のとき、周りの男子に比べて高い声色をしていたのに、二年になった春ごろには、周りと遜色ない声色になっていたこと。修学旅行に参加したものの、一人だけ個室で、大浴場に姿を見せなかったこと。そして、俺を含めた周りの男たちに、身体には触れるなと何度も強調していっていたこと。……そういうことだったのかよ。




 翌日以降、俺と汐恩の関係性には、少しずつ歪みが生まれていった。汐恩は、妊娠しても変わらずに出社していたが、仕事上での疲れとか、ホルモンバランスの崩れとかのせいで、些細なことでも俺と喧嘩して、意見がすれ違うことも増えていった。そのことにストレスを感じ続けた俺も俺で、汐恩に八つ当たりをする日々。汐恩とは距離を取るようになっていた。




 俺はこの短期間で、汐恩のことを知り過ぎた。アウトプットなんて大袈裟だけど、幼馴染の竹村颯人たけむらはやとに連絡を入れ、その週の金曜日、仕事終わりに会うこととなった。アニメーターになる夢を叶えた颯人は、眩しく見えた。でも、話してみれば、あのときの颯人と何ら変わってなくて、俺は喋り過ぎてしまっていたらしい。


「だいぶ酒入ってるけど、大丈夫か?」


「平気平気。夜風浴びて、タクシーで帰るだけだし」


「いいなー、呑気で。うらやましいわー」


 そういう颯人の目の下には、濃くはっきりとしたクマができていた。


「アニメ業界も、色々と大変そうだもんな」


「まーな。つーか、最近の様子聞かせろよー。ちゃんと仕事してんのかー?」


「俺は……、あの頃と変わんねえな。小説のネタはあんのに、仕事とか汐恩のこととか、将来のこととか……、考えること多すぎて、集中できねえんだよ。しばらくサイトも覗いてないし」


「えー、なに、倫ってまだ小説書いてんのー? マジで意外なんだけど。てかさ、賞とかには応募はしてねーの?」


 颯人は手で顔を扇ぎながら上着を脱ぐ。酒と煙草と女の匂いがした。


「してるよ。でもさ、したところで、って感じなんだよな。颯人なら分かると思うけどさ、ずっと異世界ものって流行ってんじゃん。だからさ、受賞するのって、大体そっち傾向でさ。ダンジョンとか魔法師とか転生とか……。色んなジャンル募集しといて、結局これだから」


「まー、こればっかりは仕方無い。俺だって、本当は嫌だぜー? ここ最近、ずっとエルフ族とか雑魚キャラとか、ちゃんとした人間描いてないからなー」


「ハハッ。でも、羨ましいよ。颯人も、汐恩も、自分の好きなことで仕事してんだもんな。俺なんか、終活失敗しまくって、結局親の知り合いの会社に入らされて、希望してもない営業やらされて。おまけに、営業先行っても、どこの馬の骨だか分からない奴って感じで扱われてるし」


 自棄になって、俺はレバニラ炒めを、口いっぱいに放り込む。


「だから、小説家になろーっていう感じか?」


「まぁ、そんなとこ。見返してやりたいんだよね、アイツらのこと」


「アイツらって」


「颯人なら、いわなくても分かるだろ。誰のこと指してるかぐらい」


「じゃさー、汐恩との生活のこと、小説にしてみればー?」


 突拍子もない発言に、俺は思わず咽込んだ。慌てて水を流し込む。


「そんな驚かなくても。てか、結構いい案じゃねー? バズると思うんだけど」


「ないない。誰が俺と汐恩の同居生活に興味があるってんだよ」


「違ぇってばー。話にしてほしいのは、汐恩が男なのに妊娠したって話な。男が描くBLにはさほど興味ねーよ」


「ハハハッ、まあそうか。そう、だよな」


 颯人は所詮、他人だ。俺が追加注文した焼鳥を、断りもなく口に入れる。


「でもさ、炎上しねえか? 俺、そういうの避けたいタイプなんだけど」


「ビビりだなぁ。それぐらい覚悟して書かないと、小説家って仕事、やっていけないと思うけど?」


「颯人だってビビりじゃねえかよ。どうせ今でも暗いところとお化けが苦手なんだろ」


「そーですけど、なにか文句でも?」


「ハハッ、ねえよ。でも、ありがとな。なんか、気が楽になった」


「そ。じゃあ俺、そろそろ帰るわー。ご馳走さん」


「はっ、えっ、俺の奢りかよ!」


 そういうと、颯人は少し黄ばんだ八重歯を覗かせて、「また連絡くれよ」といった。

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2025年12月27日 20:00
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2025年12月28日 20:00

ひかりさす 成城諄亮 @Na71ru51ki

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