第7話 【真正】の美少女が転校してきて、俺をハニーと呼んだ


 心音たちと一緒に体育館を出ると、廊下には三つのドアが設えられている。

 奥から順に男子更衣室、女子更衣室、昊子更衣室だ。

 けれど、何故か山田と斎藤と鉢合わせた。


「あれ? お前らまだ教室に戻っていなかったのか?」


 二人とも学校指定の制服であるキュロットパンツに脚を通している。

 とっくに着替え終わったはずだ。


「ああ、ちょっと忘れ物をね」

「ふーん、じゃあな心音」

「うん」


 心音、彩芽、紬麦は昊子更衣室へ、俺は男子更衣室へ。

 そして斎藤は女子更衣室へ入り、山田は昊子更衣室へ。


「あんたはこっち」

「くぅっ、バレたかぁ!?」


 斎藤の五指が頭蓋骨に食い込んだ。


 ――あいつは何をやっているんだ……。


 俺はスルーした。


 更衣室の洗面台。その水道で頭から水を被り、さらに濡らしたタオルで体を拭いてから、制服に着替える。


 廊下で心音たちを待つこと一分。

 昊子更衣室から出て来たミニスカート姿の三人と合流した俺は、つつがなく教室へ向かった。


 その途中。


「うぐぅ、さっき彩芽さんからくらったリバーブローがジワジワと効いてきました。光馬さん、肩を貸してください」


「しょうがねぇなぁ」

「ダメよ光馬。調子に乗るから」

「それもそうだな」

「にょわっ! 酷いですよ光馬さん! 彩芽さんの言う事ばかり聞いて! 幼馴染は平等に扱うべきではないですくぁ!?」


 左手で肝臓を押さえながら、紬麦は右手のグーを上下に振るった。


「じゃあ心音に肩を貸せばバランスが取れるな」

「ふゃっ!?」

「取れませんよ!」


 紬麦はポケットから取り出したハンカチをわざとらしく噛み始めた。


「くぅ、せっかく光馬さんの汗の匂いを合法的に嗅げると思ったのに!」


 そんなこったろうと思ったよ。性癖歪んだガミ子さん。


「貴方はもっと三人しかいない幼馴染を大切にすべきです。異性の幼馴染。それはつまりお嫁さん候補なんですから」

「ふゃっ!?」

「なぁっ!?」


 心音と彩芽が同時に赤く固まった。

 俺は冷静に、


「お前はラブコメ漫画の読み過ぎだ」

「そんなことありません! 統計によれば夫婦の二割は幼馴染と結婚しているんですよ!」

「少数派じゃねぇか。握り拳を固めるな、俺の腕をつかむな」


 とはいえ、前世に比べれば驚異的な数字だ。

 恋愛脳な昊子がいるせいか、この世界では実際に男女問わず、幼馴染の昊子と結婚する例は多いらしい。


 俺も、昔から三人の誰かと結婚するのだろうと、周囲の大人たちから冷やかされて来た。


「んなことよりもう四時間目の授業が始まるぞ、走れ走れ」


 俺にせっつかれる形で、三人は体育の後なのにランニング。

 教室のドアを開けると、女子はもちろん、男子と昊子もそろっていた。


 俺らは最後らしい。

 時計を見ると滑り込みセーフといった具合だ。

 慌てて席に座ると、黒板側のドアが開いた。

 本当にギリギリだと焦りながら、机に生物の教科書とノートを並べた。


「ちょいとすまんの」


 けれど、入室してきたのは馴染みのある声だった。


 何故か、担任で体育教師の藤宮先生がズカズカと無遠慮に教卓の前に立った。

 先生の授業は殺気終わったはずだが?


 生徒たちがどよめくと、藤宮先生は二回、手を叩いた。


「授業の前にお主らには転校生、ではなく親の都合で入学が遅れた生徒を紹介しようと思っての」


 我が教室には、不自然に空いた席がひとつあった。

 一番後ろの窓際という、クラスのマドンナが座ると一番絵になるポジションだ。


 入学式からずっと風邪でも引いているのかと思っていたら、どうやら親の都合らしい。


 山田が「爆乳昊子来い」と呪詛のように連呼し続けて怖い。

 丑の刻参りでもここまで熱心にはしないだろう。

 とはいえ、思わぬ追加人材に、少しは興味が湧いた。


 ――どんな奴だろうな。


「桐生、入るがよい」


 幕が引かれるように、教室の扉が静かにスライドした。

 刹那、空気が変わった。


 ざわめきが一斉に鎮まり、教室中が息を潜める。


 誰かがごくりと唾を飲む音だけが、やけに大きく響いた。


 ルビーから紡いだように赤く赫くロングヘアーに、蜂蜜を流し込んだような金色の瞳。


 すっと通った鼻すじと、切れ長の目が作るクールな輪郭に、桜色の唇だけがやけにやわらかい。


 背はモデルのように高く、制服越しでも肢体は細く引き締まっているのがわかる。

 その一方で、胸元と腰回りだけが不釣り合いなほどに豊かだった。


 2・5次元ボディが基本の昊子でも、ここまで設計され尽くしたフォルムは、メディアを席巻するトップスターでも目にしたことがない。


 ――人間、なのか?


 遅れてやってきた転生女神、あるいは、人間の理想美を体現したロボットと言われたほうが、まだ説得力がある。


 まるで酸素と窒素さえ彼女の配慮しているように、無音で歩く。

 針時計の音のほうが、まだうるさいくらいだ。


 教卓の横で90度反転。

 真紅の髪がふわりとスカートのように広がって、その一本一本までもが鮮明に太陽の光を反射して輝いた。


 美しい。

 人ではなく、もはや宝石や貴金属の類である。

 美術館に佇めば、怪盗が100人いても彼女を連れ去るに違いない。


「桐生、自己紹介じゃ」


 返事はなかった。

 ただ、宝石の水晶のように無機質な瞳で教室全体を睥睨。


 教室中の視線を一身に集めながら、桐生は通行人が道路標識を素通りするよりも無関心に見えた。


 あまりの温度差に、マジックミラーでもあるのかと思ったほどだ。


「桐生輝夜(きりゅう・かぐや)……覚えなくていいよ。ボクも覚えないから。キミらのこと……」


 無機質を通り越して、もはや突き放すような冷徹な声音。

 それでもなお、誰も嫌悪の色を見せなかった。


 むしろ、思考を凍り付かされたかのように魅入られ、見入っている。

 化粧もアクセサリーも、笑顔すら無いにも関わらず、なお、彼女は圧倒的だった。


 きっと泥にまみれ死ぬようなことがあってもなお、彼女は美しいままだろう。


 故に、


 【真正】の美少女。


 そんな言葉が自然と頭に浮かんだ。


「うむ、では桐生、お主の席はあそこじゃ」


 藤宮先生が、俺の後ろを指差した。


 ――待てよ。桐生輝夜。


 髪と瞳の色、それに下の名前に憶えがある。けれど、苗字が違う。

 でも親が離婚していたら?

 桐生が首を回す。

 黄金の瞳と、俺の凡百の視線がかちあった。

 次の瞬間、人工的な瞳に、血が通ったように輝いた。


「…………ハニー?」


 教室中の注目が、今度は俺に集まった。

 もちろん、山田もだ。


「綾瀬お前ずるいぞ! 私を差し置いていつのまにこんな爆乳美人と! 紹介してください!」


「やっぱり!」


 アハッ、と人格が変わったように明るく笑うと、輝夜は猫のように軽い足取りで、するすると距離を詰めて来た。


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うちの幼馴染、全員“第三の性別(美少女)”なんだが? 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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