第5話 イケメンな幼馴染が、倒れかけた日


「彩芽ってイケメンだよな」

「ふゃっ!? どど、どうしたの急に、もしかして光馬、彩芽のこと……っっ」


 顔を真っ赤にドギマギさせながら、心音は三倍速でまばたきをした。可愛い。

 面白過ぎる反応に、俺は失笑を漏らした。


「そうだな、彩芽が姐貴だったらいいなと思うよ。あいつらなら俺の結婚式のスピーチも山田以上にそつなくこなしくれるだろうぜ」


 さらば山田。


「あ、そういう意味? あはは、山田さんに悪いよぉ」


 山田にすら慈悲の心を忘れないこいつは控えめに言って天使だと思う。


「でも気持ちわかるなぁ。彩芽ってお姐ちゃんぽいよね」


 天使さんが電源コードを巻いて、スコアボードの下へ。

 それから俺と二人で押し転がしながら、倉庫へ向かう。

 途中、最後のコーンタワーを抱え上げた彩芽に追い抜かされた。

 本当に、よく働く奴だ。


「じゃ、あとはモップかけて終わりだな。昊子は先に帰っていいぞ。汗ちゃんと拭きたいだろ?」

「え、そんなの悪いよ。アサヒナたちも最後までお手伝いさせて」


 心音の健気な態度に断りにくさを感じていると、紬麦の無遠慮な声が飛び込んできた。


「光馬さーん! ちょっと手ぇ貸してくれますかー?」

「どうした?」


 俺と心音が用具室から出ると、みんなハサミ式のワイドモップを手に、床を磨き始めていた。


 奥のほうでは、最後の備品であるカゴ台車、ボールカートの近くで紬麦がしゃがんでいる。


 一瞬、自販機の下に落ちた小銭を披露いやしい姿にも見えたのは内緒だ。


「そんなところでしゃがんでどうした? 小銭でも落としたか?」

「ワタシャ守銭奴か!?」


 内緒にできなかった。

 俺って正直者だなぁ。

 数少ない美点である。


「どうしたもこうしたもないですよ」


 軽く憤慨しながら、眼鏡の位置を直して、


「これ、車輪のロックが壊れて動かないんですよ! 誰ですかロックかけたの!」

「どうせ山田だろ」


 てきとうである。


「そうなんですか!? おのれ山田さん! あとで鞄に使用済みゴキブリホイホイをいれてやります」


 すまん山田。

 だけど疑われないのは日頃の行いだぞ。

 俺の窓越しに広がる青い空に山田の笑顔を幻視した。

 それはそれとして、


「しゃーなしだ。持ち上げるぞ」


 俺と紬麦、それに心音がカゴをつかむと、用具室のほうから彩芽が息を切らせて走ってきた。


「じゃあ行くわよ。せーのっ!」

「知ってます? イタリア語でおっぱいのことをセーノと言うそうです」

「今言う!?」


 ボールカートの縁にボール大のおっぱいをふたつ乗せた彩芽が、赤い顔で怒鳴った。


「ふふふ、両手が塞がった今ならワタシを殴れない。今なら一方的な攻撃が可能。ワタシの知的戦略の勝利ですねぇ」


 眼鏡の奥で青い瞳を歪め、ゲス顔で笑い声を漏らした。


「食らうのです。教室で受けた張り手の恨み! 光馬さん、実は彩芽のおっぱいですけどなんとGから――」

「アンタ殺すわよ!」


 牙を剥いて全力で妨害する彩芽。

 女子と違い、昊子は自らバストサイズやヒップサイズを誇示する人が多い。

 彩芽のような反応はちょっと新鮮である。


 ――まぁ、恥じらいは大切だよな。


「あぁ、なんという全能感。日頃は私を目の敵にするにっくき邪知暴虐の王、彩芽さんが手も足も出ないなんて。これぞ下剋上、これぞ捲土重来、ワタシはまさにこの世の春を堪能しているのですね♪」


 うっとりと法悦顔をトロけさせる。

 紬麦よ。

 俺にはお前がトイチで作った借金で豪遊するギャンブラーにしか見えないぞ。


「ふふふ、そうやって怒ってばかりいるからパンツにお尻が入らなくなるんですよ?」


「誰か光馬の鼓膜を破りなさい! 今すぐに!」

「お前は俺を殺す気か!?」

「そうですよ。どうせ殺すなら悩殺するべきです。この前買った黒のTバックヒモパンで」


「    」


 彩芽が絶望的に絶句した。

 一瞬、想像してしまい俺は彼女から視線を逸らした。


「光馬ぁ! アタシにぃ! アタシにこいつを殺す許可をよこしなさい!」

「落ち着け彩芽、俺は面会室でお前と会いたくないぞ」

「ふはははは! いい気味なのです!」

「アンタいい加減に、あっ?」


 不意に、彩芽の体がぐらついた。

 慌てて彼女は体勢を立て直すも、今のは普通ではない。


「全員一回下ろせ」


 俺は語気を強めてから、カゴを床に下ろした。


「彩芽、お前先に戻ってろ」


 有無を言わさない感じで、俺は彼女に詰め寄った。


「え、でもまだ……」

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