第4話 後片付けの時間に、恋は始まる

 二時限続いた体育も、終業五分前になると藤宮先生が終わりの笛を吹いた。


「よし、そろそろ終了だ。女子は体を拭いて着替えてから教室に戻れ。男子と昊子(こうし)は後片付け頼むぞ」

『はーい♪』


 昊子たちのたわわを思う存分堪能した女子たちは悠々と出口へ、男子達は疲れを感じさせない明るさでフレッシュに後片付けを始めた。


「あーでは綾瀬くん、私らの代わりにせいぜい後片付けに励んでくれたまえ、はっはっはっ」


 山田が謎の権力者ボイス、のつもりなのかよくわからない声色で腰に手を当て、胸を張った。


 なんだろう、打撃武器が欲しい。ムチ的なものが。


「いつも男子と昊子に任せて悪いね。じゃ、あたしら行くから」

「おう」


 斎藤は社交辞令を述べると手伝う素振りも見せずに山田と二人、堂々と出口へ向かった。真面目系クズの名に恥じない去り際だ。


 ――まぁ力仕事は男子と昊子の役割だしな。


 地球では男女平等の精神が高まっていたと思うけど、この世界では男女昊は明確に分けて考えられている。


 俺は見物人用の折り畳み式チェアを畳むと、腕に抱えようとした。


「あ、光馬ぁー♪」


 大量のビブスを抱える心音が、明るく声を弾ませながらトテトテと歩いてくる。


「おう、頼む」


 俺は緑色のビブスを脱ぐと心音の抱えるビブスに重ねた。


「ありがと。えへへ、さっきの試合、すごかったね」

「前半はボロ負けだったけどな」


 俺が謙虚に笑うと、


「それでもだよ♪」


 と鈴を転がすように楽しげに微笑んでくれる。


「後半も体力持つなんて、流石男の子って感じだよ」


 その言葉選びには、男子としてちょっと誇らしさを感じる。


「覚えてる光馬? アサヒナたちが会ったのも、これがきっかけだったよね」


 少しだけ自信のない、確かめるような声音だった。

 奥ゆかしい目線は、床を転がるバスケットボールに向けられている。


「幼稚園のドッジボールな」


 心音はまばたき。それから、パッと笑顔が広がった。


「うん♪ 覚えていてくれたんだ」


 花が咲いたように微笑みながら、はずんだ声で思い出を口にした。


「アサヒナと彩芽と紬麦が遊び場を取り合って男子たちとドッジボール勝負になった時、みんな途中で疲れちゃって……」


 笑顔を控えめに、恥じるように視線を伏せた。


「でも、途中で入ってくれた光馬が一人でボールを避け続けて勝たせてくれた……あの時の光馬も、今日みたいにカッコよかったよ♪」


 それは俺の評価が高すぎるだろう。


「毎日家族からのハグを神回避しているからな。反射神経ならプロボクサー並みだぜ」


 ちょっとカッコをつけて、渋い笑みを見せてやる。


「ふふ。高校も同じクラスで良かったよ。こうして体育の授業も一緒に遊べるし」


 体育を遊びときたか……。

 のどか、ここに極まる発言である。

 心音、彩芽、紬麦とは、小学校3年4年をのぞき、常に同じクラスだ。

 神の介入を感じずにはいられない。


「アサヒナたち、来年と再来年も……ずっと、ずっと同じクラスだといいね」


 今までの思い出を抱きしめるように、心音はビブスをむぎゅっと下乳に押し当てた。


 紬麦以上に豊満なメロン大のふくらみがふたつ、寄せてあげられてムチムチとサイズアップ。


 小柄で言動は幼いも、中学以降急速に発育するボディラインには幾度となく心を乱されてきた。


 ――鎮まれ、俺の中の山田よ。文明人の矜持を忘れるな。


 たっぷりと汗をかいたせいで、心音からは甘い桃の香りが漂ってくる。

 昊は皮脂の分泌量が一定で、代わりにラクトンという香り成分が女子の十倍以上だ。


 そのせいで、いつも以上に可愛く見えてしまう。


「そうだな。お前らが一緒だったら、おまけで山田と斎藤がいてもいいな」

「あはは、それはひどいよぉ」


 無邪気ににっこりと笑ってくれる心音と並びなあら、俺は体育倉庫へ。

 転がるバスケットボールを集める昊子たちの間を通り抜けていく。

 すると何か、トラブっているようだった。


「どうした紬麦?」

「あー光馬さんいいところに。収納レールが動かないんですよ」


 倉庫の横、ステージの下を開くと、折り畳みチェア用の収納レールを引っ張り出せる。

 けれど、それが引っ張り出されたまま、戻らなくなっている。


「どれ?」


 中を覗き込むと、レールが外れているようだった。


「あー、これ一回全部椅子下ろしてからハメ直さないと駄目だな」

「わぁ~、めんどうですねぇ~。彩芽さぁーん」

「何? 力仕事?」


 フリップ式スコアボードを押し転がしていた彩芽が、相方に断りを入れてから走って来る。


 普通に走るだけでもメロン以上の胸がたわわにはずむので、ちょっと以上に目の毒だ。


 彩芽が目の前で立ち止まっても、左右のバストはたっぷり一秒間、波のように揺れ動く。


 小学生までは無邪気に遊んでいた相手によこしまな感情を抱く罪悪感に、胸の奥が痛んだ。


 遅れて、桃の匂いがふわっと鼻孔を刺激した。

 あまり嗅いでいると、自分が変態になったようで罪悪感が倍増する。

 俺はすぐさま、レールの上から椅子を下ろし始めた。


「レールが外れちまった。下ろすの手伝ってくれよ。そしたらあとは休んでいいから」


「おっけおっけ。あ、紬麦はコーン重ねておいて」

「わかりました」


 気安く返事をして、彩芽は早送り映像のようにどんどん椅子を下ろしていく。

 そうして全部下ろすと、男子たちと協力してレールを元の位置へ。

 それからまた、椅子を積み直していく。

 いつもながら働き者だ。


「ハイ直った。じゃあアタシはコーン運ぶから、光馬は心音と電光スコアボード片づけといて。あれコードの巻取りが面倒だからみんなやりたがらないのよ」


 テキパキと指示を出してから、彩芽は積み重ねられた三角コーンへまっしぐら。

 大きくしゃがむと床と底面の相手に指を入れて、ぐいっと抱え上げた。

 赤い円柱を深い胸の谷間でホールドして、揺らすことなく用具室へ運んで行く。


 つ、使いこなしてやがる。


 ここ最近、無意識レベルで飲み物やお菓子を胸に載せているのも見逃さない。

 掟破りの爆乳限定ライフハック。一部界隈では炎上必至の荒業だ。


 ――あいつ、本当にコンプレックスなのか?


「えと、じゃあ光馬、電光スコアボード、片付けよ」


 控えめな声で、心音が促してくる。


「ん、おう」


 彩芽は俺と心音をくっつけたいのか、よく頼みごとをしてくる。幼稚園の頃から。

 もはや天性の姉御肌である。俺の三倍はイケメンだ。


 男子、女子のみならず、昊子からも密かにではなくおおっぴらにモテているのもうなずけるぜ。


「彩芽ってイケメンだよな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る