Love case1 初恋バンパイア、アノンの場合 その②

 エヘン、と何故か誇らしげに胸を張るアノンとは反対にこちらは頭がクラクラしてきた。


 聖女! よりにもよって! 聖女!!?


 あんな年がら年中十字架握りしめて神に祈っているような人間にバンパイアが一目惚れなんて、斬新が過ぎてオババちょっと若者の感覚についていけない!!


「アノン……。お主、バンパイアと聖女なんぞ相性悪すぎんか? オババはちょっとそこ、考え直した方が良いと思うぞ?」

「愛は障壁があった方が燃える!!」


 駄目だ! こやつ想像以上にアホじゃ!!


「それに私はサラといても平気だぞ。相性は悪くない。だから早く私を人間にしてくれ!」


 そう言って目をキラキラと輝かせるアノンの姿に小さくため息を吐く。


 確かにバンパイアを人間にする方法はある。


 あるにはあるが、絶滅の危機に瀕したバンパイアの貴重な生殖適齢期の個体を人間なんぞにしたら、他のバンパイア達に何を言われるか分かったものではない。


 いや、バンパイア達だけではない。いまや少子化は魔界全体に広がる社会問題なのだ。他の種族からも間違いなく白い目で見られる。

 オババ、魔界に住めなくなっちゃう!


「主、茶を淹れた。とりあえずアノンの話を詳しく聞いた方が良いのではないか?」


 ワシが一人で頭を捻っていると、いつの間にか隣に黒豹の姿から人型になったシュバルツが、お茶を持って立っていた。

 

 そう、黒猫だと思って拾ったシュバルツは黒豹で、しかも獣人族だったのだ。


 それを知った時にはもう遅く、ワシとシュバルツは既に使い魔契約を結んでしまっていた。

 獣人を使い魔にするケースも無いわけでは無いが、やはり普通の動物や魔獣を使い魔にするのとは勝手が違う。


 ワシとしてはシュバルツを自由にしてやりたくて何度も使い魔契約の解消を持ち掛けているのだが、肝心のシュバルツは頑として首を縦に振らない。


 恐らくワシに拾われた事に恩義を感じているのだろう。全く、義理堅いやつじゃ。


 

 ……そして。


 テーブルで茶を飲みながら聞いたアノンの話はこうだった。


 同胞を増やす為に人間界へ渡ったとはいえ、誰彼構わず噛み付いてバンパイアにするという訳にはもちろんいかない。

 一族に迎え入れるからには人選は重要だし、噛み付くバンパイア側にも実は色々な負担があるからだ。


 人間界に降りたアノンは、一族に相応しい人間を探し出す為にコウモリの姿で昼夜を問わず飛び回っていたらしい。


「ーーそれでだな? うっかり直射日光を浴びた私が落下した先が、サラが住む塔のバルコニーだったという訳だ」

「直射日光……? お主まさか、昼夜を問わずって比喩表現ではなく、本当に昼間も飛び回っておったのか!? ばっか、おバカ!! よく生きて返ってこれたのう!?」

「それもこれもサラのおかげだ……」


 ワシの渾身の罵倒にもめげず、アノンはうっとりとした顔で話を続ける。


 もうワシ、話を聞いてるだけで今度は胃が痛くなってきそうじゃ。

 思わず胃の辺りをさすっていると、すかさず

シュバルツがお茶の隣に薬湯を置いてくれた。


 ワシの使い魔、超シゴデキ。


 そんなこんなで瀕死のダメージを受けたコウモリアノンは、聖女に救われて一命を取り留め、そのままひと月ほど聖女の元で厄介になっていたらしい。


 一目惚れした聖女に命まで救われたアノンはすっかり彼女に心酔し、己の正体も明かして求愛したというのだが……。


 ……いくら瀕死のダメージを受けたとはいえ、そこは無敵のバンパイア。

 恐らくは三日もすれば普通に飛べたと思うのだが、さては此奴、これ幸いと聖女のところでヌクヌクしておったな?


「しかし、正体まで明かしたのによく聖女以外の人間にアノンの事がバレなかったのう?」

「ああ。サラが住んでいた塔は古くて人気ひとけがなくて、他の人間が訪れてくる事もほとんどなかったからな」


 …………ん?


「それでだな、サラはいつも塔の中にいて、たった一人で朝から晩までずーっとお祈りしてるんだ! 凄いだろう!?」


 ちょっと待て。


「それに、とても少食でいつもパンひとかけらと具の少ないスープしか飲んでいない。しかもそのスープもどう見ても冷え切ってるんだ。きっと猫舌なんだな……。かっわいい!!」


 待て待て待て待て、ちょっと待て。


「あ、アノンや……」

「ん? なんだオババ?」


 どう考えても不穏としか思えないその話に、慌てて口をはさむ。


「その聖女はどう考えても……虐待を受けてはおらんか?」

「ぎゃ、虐待!!?」


 そんな状況を己の目で見ておきながら気付かないのかと頭を抱えたくなったが、まぁそれも無理はない。


 普通に考えれば、自分達の為に祈り守ってくれている聖女を虐待するなどあり得ないのだ。

 少なくとも魔界の常識ではあり得ない。


 しかし人間は、そのあり得ない事を何故かしでかす。全くもって理解不能だ。


「しかしオババ! サラはこれが自分の役目だからと、いつも微笑んでいたぞ!?」

「……フム。聖女自身も不当な扱いに気付いておらんのか、はたまた全てを諦めておるのかもしれんな」


 人間界の問題にはできるだけ関わりたくないのだが、虐待されているかもしれない未成年者がいるなら話は別じゃ。

 種族がどうとか言っている場合ではない。


 ワシの話を聞いてみるみる顔色を悪くしたアノンは、その場にへたり込んだ。


「……私と共に過ごすようになって、サラは、『こんなに楽しいのは生まれて初めてだ』と言っていたんだ。私は、自分といることをサラが喜んでくれるのが嬉しくて、サラの置かれた状況を深く考えていなかったのか…。クソッ!」


 そう言って唇を噛み締めていたアノンは、急にガバッとワシの方に向き直った。


「なぁオババ!! 対価はいくらでも、何でも払う!! だから早く私を人間にしてくれ! 今すぐサラを迎えに行きたいんだ!!」


 必死にワシに縋り付いてくるアノンの赤い瞳を見下ろす。どうやらアノンがその聖女を想う気持ちは本物のようだ。


「そうじゃのう……」


 ワシはそうポツリと呟くと考えた。


 たとえアノンを人間にしたとして、塔に閉じ込められている聖女を連れて逃げられるとは思えない。


 それならば……。


 夢中でワシに縋り付いていたせいで、シュバルツにベリッと剥がされたアノンが情けない顔でこちらを見ている。


「のう、アノンや。お主が人間になるのは後回しじゃ。今すぐ人間界に行って聖女の置かれている状況と、本人の気持ちを確かめておいで。そして、もし人間達が本当に聖女を大切にしていないというのなら……」

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