第四章
闇。闇。闇。
何も見えないのに、「自分だけはここにいる」と分かってしまう闇。
見渡す限りの闇の中、千歳の存在だけが、ポツンと浮き彫りになっている。
ああ、これは夢だ。何となく、分かる。
“…よ”
暗闇の中、声が響いている。
“…るよ”
小さな、小さな、細い声。
“…な…れ…るよ”
なのにこんなにも、臓腑が直接ぶん殴られてるみたいに不快で不安になるのは何でだろう。
“…こ…に…なれ…るよ…”
ああ、そうか。これは。この声は。
“いい子になれるよ”
自分の、声だ。
「〜…っ、っ、っ…!?」
ガバッ! ベッドの上、勢いよく飛び起きる。
ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が鼓膜に直接響いているんじゃないかというくらい、うるさい。
ハッ、ハッ、と呼吸が全速力で走った後みたいに暴れている。
暗闇の中、自分の声がよく分からないことを囁く。
たったそれだけのこと。それだけの夢。
なのに、こんなにもどうしようもないくらいの悪夢を見た気分になるのは。
自分の声を、自分の声だと、まるで認識出来なかったからだ。
夢の中で聴こえた声は確かに千歳のものだったのに、“声帯だけが別人に聴こえた”。
「…っ、マジ、ウザい…」
くしゃり。前髪をかき上げた刹那。
「……?」
何か異変を感じた気がして、ぴたり、と動きを止める。
そろ、そろ、と、衝動ゆえか緩く前髪を掴んでいた手を外して。ゆぅ、っくりと視界に映える位置へと連れて行く。
そしてその“事実”を視界に認めた瞬間。
「ーーーーッ!!!?」
千歳は今度こそ恐慌の渦の中で声にならない悲鳴をあげた。
いつも、自分好みに好きなように綺麗に派手にデコレーションしていた爪が。
“執拗なくらいにネイルリムーバーで塗り込められて拭い取られていた”。
よく見れば、ネイルやパーツはベッドの周りに点々と乱暴に飛び散っている。
誰が? 何の為に? なんて考えても意味はない。この部屋は千歳の部屋だし、まかり間違って母親が部屋に侵入して狼藉を働いたとして、こんなに乱暴にされてしまえばいくら千歳といえど流石に気付く。
バラバラに散らばったネイルとパーツの中に、白いものを見つけて。
豆電球の下、夜目に慣れた千歳が、それがノートの切れ端であることを捉えて。
捉えた瞬間、千歳の目が戦慄に見開かれた。
そこには、千歳本人の字で。
“いい子になろうね”。
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