第2話 ご飯食べたい
和也を迎えて、一夜が明けた。我ながら、まずいことになったと、一晩中後悔のしっぱなしだった。それでも、まあ、考えようによっては何もない毎日を過ごしているよりは、暇つぶしにでもなれば万々歳ではないか。
あいつは一応は大学生ということらしい。もっともいつから通うのかは私にはわからない。どちらにせよ、1日のうちのかなりの時間、こいつを視界に留め置くことになるのだろう。
早朝からジョギングをするつもりだと言っていた。あまり筋肉質な感じではないが走るのは好きなのだろう、ブルーのジャージを着て颯爽と出ていった。一瞬ついて行こうと思ったが、外に出たことがないのでやめとく。
やっと帰ってきたようで、階段を駆け上がる音がしている。まったく近所迷惑なやつだ。まだ早い時間なのにそんなに騒々しくするやつがあるか。あとでひとこと言ってやらねばなるまい。
無言で入ってきた。別に挨拶して欲しいとはこれっぽっちも思ってないが、先住民がいるのだから、何かひとことあってもいいのではないか。
「おい、おなえ」
「おっ、おーっ!居たのか。って、今はもう朝だが。何でいる」
何という非礼。天井近くの高いところから見下ろしてやった。
「いちゃー悪いか」
「いや、幽霊だろ、おまえ。明るい時でも出てこれるんだな。知らなかったよ」
あーそういうことか。幽霊は普通、夜だけでるものなのか。まあ、いい。私には関係のないことだ。私はいつだっている、出かけることもなければ、眠ることもない。これまでだって、初めて目が覚めて以来、長い長い時間ずっと窓外の景色を見るだけで過ごしてきた。
「他の幽霊がどうしてるかなんて、私は知らない」
和也はなるほどというように、軽く頷きながら台所に向かっていった。
小さな冷蔵庫を開け、パンと卵、それにストロベリージャムを取り出した。それらを食べたことがあるかどうかは皆目見当もつかないが、素晴らしく美味しいということは知っている。なぜか知っている。パンはトースターに入れ、卵は溶いて塩胡椒をしバターが溶けたフライパンに入れた。しばらくすると、うまそうな匂いが漂ってくる。スクランブルエッグだ。涎が出そうだ。
「いただきまーすぅ」
和也が食べようとしている背後からジャムトーストを奪い取ってやった。
「あっ、俺のトースト」
トーストは華麗に和也の手を避けて空中へと勝手に飛んでいった。そう、私の所へ。勢いよく、口の中へ放り込む。これは美味いはず。
ベチャッ!!
ジャムトーストは空中に舞い上がった時とは違って、力無くよろよろと床に向かって落ちていった。
「お前、何すんだよ。俺の朝飯」
「うまそうだったから、食いたかったんだよ」
残念だ。本当に残念だ!
「幽霊が食えるわけねえだろ。お前、空気みたいなもんだろ」
和也は残りのジャムトーストを頬張り、スクランブルエッグをスプーンですくっては口に放り込んでいる。やばい、うまそうだ。目を見ればわかる。すごく真剣に笑顔だ。
「あっ、こらっ!」
次の瞬間、スクランブルエッグの塊が床に落ちた。再チャレンジしてみたが、結果は惨敗だった。やはりダメなのだ。
「だから、食えないって言っただろ。いい加減にしろよ」
悔しい。食べてみたかった。いつかきっと。結局、床を汚しただけだった。
もう後悔したくない。昼だ。昼にかけるしかない。イメージしろ。イメージ。イメージトレーニングを繰り返した。これまで何一つ食べたことはないけど、食べたという感じさえつかめれば何とかなるだろう。ティッシュペーパーで試したときはうまくいった。ふわりと浮いたティッシュペーパーが見事にお腹の中に入って止まった。ちょっとくすぐったいけどこれが食べたということなのだ。
和也がいよいよ昼食の用意をしている。フライパンにキャベツや肉を炒めて麺を入れた。これは知ってる、間違いなく焼きぞばだ。出来上がった焼きそばをさも大事そうに大げさにも大皿に盛り付けて千切り紅生姜を乗せた。完成。
早速、いただきます。一握りの焼きそばが宙に浮いた。大口を開いて、パクリ。
「あっ、こらっ!」
ベチャッ!!
見事に床に落ちた。虚しくもせっかくの焼きそばが美味しそうな臭いを撒き散らしながら、古びて日焼けた古い畳の海に脆くも叩きつけられたのだ。
「だから、お前。無理だって。物理的にありえないだろう。俺の昼飯〜」
和也は残った僅かばかりの焼きそばを大事そうに啜っている。うまそうだ。涎が出そうだ。じっとみているともぐもぐしている和也と目が合った。
「ほら、匂いだけだぞ」
そして和也は私の顔の前に焼きそばがのった大皿を近づけた。次こそは食ってやる。
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