3話 晩羽sideー非日常
◇◇◇ー帰り道
街灯がぽつぽつと等間隔に配置されている,山道をすたすたと歩いていく.不思議な雰囲気だな,この山道.心の中で思いつつも,何処かで関係ないかと思いつつさっさと下っていく.
……ショッピングモール,もう絶対行けないじゃん.無駄に時間食っちゃったし.ま,明日行けばいいか.プリント見た限り午前だけみたいだし.
そして,行きと同じ道を辿っていると,ふとあの大きい鳥居がある,みすぼらしい山が見えた.
──待ってやば,超怖いんだけど.
すごく雰囲気がある.幽霊とかいそうな薄暗い空気に,どこか,何か透明な壁みたいなのが見える.そして,いきなりびゅぅぅぅ,と強い風が吹いた.私は咄嗟に,靡く髪を右手で押さえる.
そして上から,がさがさと何かが動く音がした.それに,びくっ! と体が反応してしまう.
……待って,なにこれ.こんなにここ怖かったっけ? 下手なホラー映画とか肝試しよりよっぽどじゃないの?
そして髪を整えようとしてポケットから鏡を出してみる.すると,風のせいで前髪やらなんやらがぐちゃぐちゃになっていた.
──ほんっと! 最悪! なんで今日こんな日なわけ?
晩羽「…あ〜!! 折角セットした髪がぁ……! ねぇ君? こんなにかわいい私にこんなことするとか,頭おかしいんじゃないの?」
ぐちぐち1人で嫌味をこぼしていると,いきなりひんやりとした風が吹いた.びく,と体が反射的に反応する.
──やっぱここ,絶対なんかいるでしょ.こんな明らかに「何かいますよ」って空気感出しておいて,街灯少ないとか馬鹿じゃないの?
そして,ゆっくりと後ろを振り向いた.あ,いや,怖くなって誰かいないか確認したとか,全然そっちじゃなくて.
確認のために恐る恐る後ろを向いてみても,誰もいなかった.
──ほんと何にもないから,言ってよ.
夕方だとしても,陽は落ちてきてるし.見た感じあんまり人は多くないみたいだし,この時間帯は人は家とかにいてもおかしくないか.
怖い気持ちを誤魔化すためにそんなことを心の奥で考えていると,近い木の上からがさ,っと物音が聞こえた.
……もう,なんなのほんと.幽霊信じてないけど,妙に雰囲気あって怖いんだってここ.もう,絶対夜は出歩かないようにしよ.そう思って恐怖心を必死に取り繕って小走りしながら家に戻って行った.
そして途中に高そうな車が見えて私もそれに乗って帰りたかったなぁ,と思ったけど恐怖からそのまま駆け抜けていった.
◇◇◇ー飛嵜家
急いで戻ってきて,勢いよくドアを開けて,靴箱の上に置いてあるパパの遺影が見えた.
晩羽「パパ,ただいま!」
と挨拶したあと,階段を駆け上がる.手洗うとか,そんな余裕ないし.あぁ,もう,認めたくないけど,結構怖かった.もともとこんな町って聞いてたけど,聞いたとき温かそうな雰囲気だったじゃん.なんでこんな怖い町って教えてくれてなかったの? ママの職場にいるお姉ちゃんのケチ.
晩羽「無理……下手なホラー映画より怖かったんじゃないの? もういやっ!」
ぎゃーぎゃー愚痴りながら,部屋のドアノブに手を掛ける.
はぁ,もう疲れたんだけど.なんで来た初日にこんな思いしないと行けないわけ? ほんとおかしいんだけど.
──でも,収穫はあった.絶対に面白い子はいる.
校長が言ってた「異質の出自の子」.十中八九絶対に面白くなる.関わったら絶対,私はもっとワクワクできる,そんな気がした.
部屋着にも着替えず,ごろん,とふかふかのかわいいベッドに大の字で寝転んだ.
晩羽「あ〜……もう本当いい迷惑じゃないの? そもそもこんな日に限ってママ仕事とか,あり得なさすぎ」
私のママは,キャバクラ……いわば“そういう”仕事をしている.でも稼ぎはすごいし,私もとてもいい暮らしをできている.もっぱらお酒を飲んだり,悩みとかの相談をしてるだけだけど.
でも変に無駄遣いする気ないし,そこそこの,でも充実した生活を送っていた.でも,ママはすごく忙しい.結構美人だしナンバーワンだからねえ,お店で.(まぁ私がこんなに美少女なのもママの遺伝子だから当たり前)
今日は太客の人とかが来る外せない日,って言ってたから,仕方なく私1人で学校に来た.いい出会いがあるかも,とかいろいろ期待して行ったけど,怖い思いしただけだったし.無理矢理にでもママ連れてくればよかったかも.
──ふと,ぽつぽつと何かが当たる音がして,窓のある方向に目を向けた.
……あ,雨じゃん.天気予報でも雨とか言ってなかったし,結構急だな.
そうほんやりとした顔で窓を見つめていると,いきなりスマホから「ぴろん」と軽やかな,通知が届いた音がした.そして上体を起こして,パスワードを入力して液晶画面をスワイプした.
そこに写っていた名前は「飛嵜
晩羽「え〜っと……? 『ごめん晩羽! 急に雨降ったから,洗濯物放って置いてるかも! 取ってくれると嬉しいな?』……もう,ママってば」
ママは結構おっちょこちょいな人だ.表ではしっかりしてるし,クールでちゃんと考えてる人.でもプライベートは結構無頓着で,いろいろやらかす.でも私のことはちゃんと考えてくれてるな,とは思ってるし不安に思ったことはないけど.このおっちょこちょいのせいで,私が何かする羽目になることはあるけど.
とりあえずママが言っていた,洗濯の取り込みはしようかな.これで取り込まなかったら,私がママから怒られる羽目になるし.ここで取っておくほうが賢明な判断,ってやつだよ.一度スマホを机の上に置いて,廊下を急いで歩く.大雨が降ってるけど,多分降り出したばっかだろうから,まだ間に合うはず.
そしてベランダに着くと,案の定結構な量の洗濯物があった.
──ママ,こういうの溜めやすいもんなぁ.
そう思いながらせっせと取り込んで一階に持って行く.部屋干ししたほうがいいか,と思ってエアコンをつけて,風があたる位置に洗濯物を置いた.
ふぅ,と一息つく.
──いや結構な量あったなぁ,洗濯物.ほんと疲れたぁ.
そして丁度近くにあったソファにごろん,と寝転んだ.ふわふわで心地の良い手触りは,やっぱり高いやつなんだろうなと思う.そしてそのふわふわはこの疲れた体に染み渡る.
晩羽「……あ〜!! もう,疲れたぁ〜!!」
しばらく引っ越しとか手続きとかなんやらでごたごたしてたし,学校の面接も時間ぎりぎりだったし.いや,それでショッピングモール行こうとするほうがおかしいと思うけど.欲しいものがあるって聞いたから,仕方のないことでしょ.
買いたい衝動はいつくるかわからないし,その商品がまだ売ってるかもわからない.期間も知らないし.ならさっさと買うほうが良かったんだろうけど,生憎,明日から学校.
……めんどくさ.あ,でもあの綺麗な美男子がいるなら,いっか.
そうぼんやりと色々なことを考えていると,いきなり睡魔に襲われた.
──これ絶対に,寝るやつじゃん.
そして私は,いつの間にか夢の世界に旅立っていた.
◇◇◇数時間後ー飛嵜家・一階-リビング
とんとん,と肩を叩かれた気がする.私はまだ起きたくないなぁ,と思いながらも,とうぅーん,と唸る.そしてぱちり,と目を開け飛び込んできた光景は,ちょっと意外な光景だった.ママが帰ってきてた.
……え,待って.もうそんな時間なわけ? 準備とか何にもしてないんだけど.
ちらり,と時計を見るともう二十時.あ,なんだ.そんなに過ぎてないじゃん.まだ朧げな視界は,夢の世界に戻れそう.
……ぱちんっ!といきなりほっぺに衝撃が走った.それで完全に目が覚めた私は,そのほっぺを思い切りつねった本人を見る.
晩羽「……ママ? てか帰ってくるの早くない?なんか昨日『二十二時とかに帰ってくるから夜ご飯遅くなるか,晩羽の自炊になるかも.ごめんね〜?』って言ってたのに」
朱海「え〜? そんなこと言ってたっけぇ晩羽? ママちょっとわかんないかもぉ」
にこりとした人当たりのいい笑顔.でも,なんか腹の底が知れないこの感じ.やっぱりママだ.でも,やっぱりママは美人だな,と素直に思う.茶色の髪に,赤いルビーみたいな目をしたママは,四十歳手前だってのに,衰えない美しさを持つ.まあ,そんなママの遺伝子継いだ私もかわいいし.当然の摂理だよね.髪の色も目の色も,私はパパ譲りだけど.
朱海「あ,そうそう.今日店長さんが早く上がっていいって言ってくれてね.それでママ早く帰ってこれちゃったの!」
晩羽「へぇーよかったね」
素っ気なく答えるとママは,はぶてたのか茶化したいのか知らないけど,にやにやとした笑顔でこう言ってきた.
朱海「それ全っ然喜んでなくない晩羽〜? もうちょっとさ,『わー! ママ早く帰ってくれるなんて,嬉しいなぁー!』って言ってよぉ! え,何これが反抗期?」
やっぱり性格はママによく似たなと思う.この雰囲気,我ながらよく似ているし.でも,ママのほうが優しいと言えば優しいのかもしれない.こんな自己分析してもたたが知れてると思うけどね.でも,寂しいとはちょっとは思ったかも.あ,でもほんと塵くらい.
晩羽「嬉しいけどさ.ママどうせ帰ってくるのわかってるんだからそこまで喜ぶことでもないよね,私小学生とかじゃないし」
ママは「あぁそうだよねぇ〜ママ寂しいなぁ」とか言ってるけど,私はガン無視する.どうせ寂しがってる私でも見たかったんじゃないの? まあ,私はママにとってみれば可愛い娘だし,見たくなるのも仕方ないことだけど.
──ぐぅ〜,とお腹の音が結構な音で鳴った.……あ,やっば,何にも食べてない.
それを見たママがふふっと笑った.
朱海「お腹空いてたんだね,晩羽.じゃあママがお得意さんから貰った結構高いハンバーグとご飯チンするから,それ食べる? あと,ついでに付け合わせとかお味噌汁もちゃちゃっと作っちゃうけど,いい?」
晩羽「お腹空いてるからもうなんでもいい!」
ママは,はいはいと楽しそうな声で答えたあと,リビングにすたすたと歩いて行った.
──結構久しぶりだな,ママのご飯.
最近はもっぱら自炊かレンチン料理かの2択だったし,母親のご飯にでも期待しようかな.ママのお味噌汁,私好きなんだよね.
わくわくしながら待っていると,温かいご飯と共にハンバーグが出てきた.他にほうれん草の和物や旬の野菜が入った,合わせ味噌のお味噌汁も一緒に.
──これをちゃちゃっと作れるなんて,流石はママ……やっぱり母親って,こうなのかな.
晩羽「ん〜! 最っ高! やっぱり母親のご飯って美味しいよねぇ」
朱海「美味しかったならよかったよかった.でも朝ごはんみたいじゃない?」
──今更じゃない? 別にご飯食べれればなんでもいいしね私は.
ごくっとハンバーグを一口,ご飯を飲み込んだ.
晩羽「ご飯を食べれればなんでもいい,私は.こーやって,変わんない日々を過ごしてるほうが好きだもん」
そうママはくすくすと笑ったあと,お風呂に入って行った.私も明日は初めての学校だし,いろいろ考えよっかな.そう思って,23時の夜更け.町外れの,不思議な雰囲気を持った町で7度目の夜を迎えた.
晩羽「……明日は,普通の日がいいな」
そう,変わらない日常を生きれることを願いながら,私は数時間後.ちゃんとした眠りに落ちた.
天泣の御狐 しう @Shiu_0913
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