2話 椿sideー仮面と残像

◇◇◇ー椿side


あの女が部屋から出て行って,完全に気配が遠のいたのを確認したあと,俺は姿を現した.

あいつが俺に怒られるとかほざいているのを見聞きしていた俺は,少し苛立ち気味に話しかけた.


椿「……ふ,怒る? 何故俺が.夜鷹よだか,人間の前で姿を現すな.俺が迷惑を被る」


そして,夜鷹──と呼ばれた青年は,にやりと妖艶な笑みを浮かべる.


夜鷹「現に怒ってるのがいい証拠だろ? 椿つばき.久しぶりにまともな人間と交流したんじゃねぇか? 式神くらいだろ,最近話してるの.あと,俺のほうが被害が大きいだろ.直接聞かれたのは俺だ」


そう返してくる,俺の式神──主と契約を交わした,特別な神のこと──は,楽しげにくつくつと笑っていた.主たる俺は,別に何かを言う気にもなれず,そのまま無視を決め込む.

少しの間が開いて,夜鷹が話しかけてくる.


夜鷹「……以前より霊力が増したな,更に強くなった」


椿「褒められるほどの鍛錬をした自覚はないのだが……そう見えたか?」


夜鷹「あぁ,現に〈鳴隴めいろう〉を使いこなせていただろう.充分な成長だと,俺は値するが.天才には,そう響かないか?」


皮肉混じりのその言葉に,少し苛ついたが,それを押し殺して毅然とした態度で言葉を返す.


椿「黙れ,俺は別に天才じゃない.そのレッテルを貼られた役なだけだろう.この程度,基礎だ.褒めるほどではない」


夜鷹は,ふっと苦笑いをした.そのままこちらに歩み寄ってきて,肩を組んでくる.相変わらず,軽い雰囲気で俺とは合わないとつくづく思う.当人は特に気にしていない様子だが.


夜鷹「とりあえず,迎えに来たんだろ? 当主が呼んでるなら早く言え.車ならあるんだろ.椿が1人で来るわけないもんな? 流石は御三家のひとつ,雨鬼あまき家の跡取り」


その言葉に俺はもう耐えきれなくなり,ぎろりと夜鷹を睨んだ.それに夜鷹は少し驚いたような顔を浮かべた.──皮肉にも程がある.限度を知らないやつだ,といつも思うばかりだ.


椿「……はぁ.とりあえず戻るぞ.ここに長居は,あまりしたくはない」


夜鷹「まあ,そうだろうな.けど待てよ.やりたいことがある」


俺は,その言葉に疑問が湧いた.夜鷹がこうしたい,ああしたいとあまり俺を引き留めることがない.それは,俺のことを考えてのことだろう.

俺は諦めて,その言葉を待った.


夜鷹「──これ,見覚えあるよな? 椿.あぁ? なんだこれ.誰がこんなの残せつった? 俺らの“御狐様おきつねさま”だろ? 民に,理想を揺るがすことをするな」


椿「……っ!?」


そして見せてきたものは,写真だった.信じられない光景が映っていて,俺は一瞬,言葉を失った.

御狐様──それは,この町・満扇町にいるとされている狐の護り神のこと.学問,霊術,記憶,伝承,全てに精通されているとされ,その才能は神と遜色がない.そしてこの町の人々を,“護る”のが使命.だが,その実態は,ただの人間.それを知らずに信仰しているのが,満扇町の人々だ.

そして,写真に映っていた姿は,まさしく狐面を取り外して,痛みに悶えている俺の姿.おそらく,誰かに撮られたのだろう.現像化をされて,夜鷹の手に渡っている.相変わらず,気持ちが悪いほど綺麗な顔面をした俺がいた.


夜鷹「別に,お前が屋敷に戻るまで外すな,って言ってるわけじゃねぇよ.ただ,警戒をしろ.恐らくこれを撮った男は満扇の民じゃないんだろうが,俺に渡ってきた,ということはそういうことだ」


そして,御狐様が人間であることは必ずバレてはいけない.──この世界の均衡を,保つためでもある.

ある一定の権威を持ったものが土地を支配し,悪きものを抑え込む.それが,この町には必要なことだからだ.

俺はふっと笑うと,その写真を破り捨てた.


椿「……なら,これを残さなきゃいい話だろ.一枚たりとも逃すなよ,夜鷹」


夜鷹「はいはい,我儘で傲岸不遜な俺の主人様? たーく素直じゃねぇなぁ」


そのまま,俺は校長室から踵を返す.

──だが,いきなり強い気配が3つ,感じた.

俺の異変に気づいた夜鷹が,少しだけ怪しく笑った.


夜鷹「──んで,これで帰れなくなったな? 椿」


少し驚いたが,その動揺を覆い隠して目の前のことに集中をする.

そこに夜鷹が助言をしてくる.


夜鷹「おそらく鬼中魍きちゅうのもうの変異だろ.そして倍率はそれぞれ3.0と5.8,そして7.3倍だろ.できるな?」


椿「──お前が仕組んだ,わけないか.あぁ,とりあえず祓ってくる」


そう言って俺は校長室の扉を開けて,気配の発生源の大元へと急ぐ.

去り際に夜鷹が少し悲しげな顔をしていたのは見えたが,それを振り払って,見えてきた瘴気の発生地へと足を更に早める.


森を駆けて,そこからまた舗装されていない道を走りながらやっと少し大きめの,けれど変異した異形の気配があった.

──そしてそこにあった,小さい少年の影.見慣れた気配に,馴染んだその存在.銀髪の綺麗な髪に,八重歯があるにや,と笑った口.どこか安心してしまう存在がいた.


椿「おい,れい.来てたなら言え.焦っただろ」


宗像むなかた聆──俺の式神の一人.護り人であり俺の一番身近な存在でもある.

にやりと八重歯を突き出しながら笑った.


聆「ははっ,うっせぇよ椿.こんな雑魚三体,相手せず待った俺のほうが偉いだろ? そっちこそ遅ぇんだよ馬鹿.俺にこいつら相手させる時間作んな」


椿「先程まで夜鷹と話してたから仕方ないだろ.……とりあえず,祓うぞ」


そのまま,臨戦態勢へと入る.懐から術札を依代として,言葉を放つ.


椿「鬼中魍,変異体三体か……隔境〈縁界えんかい〉展開」


聆「覚悟してかかれよ? 雑魚.こんなのに時間掛けてんのが嫌なんだからよ」


鬼中魍『きみたち,術者? おいしい.魂食べさせろ!!』


そして,同時に足を踏み込み,凄まじいスピードで鬼中魍──人々の怨念が寄り集まってできたモノの中級──の核を探す.

魍魎は基本雑食性だが,感情を食べたり,上質な魂を求めて人々を襲う.その前に祓うのが,俺たち術師,御三家の務めのひとつでもある.

魍魎の中に埋め込まれている紫色の水晶体のような核を探す.これが,なかなかに難しい.

魍魎たちは体が黒の物体で構成されており,そこから一つのものを見つけるのは至難の技.けれど即座に探知をして,きらりと光るものを見つける.

──見つけた.

そのまま空中で方向転換をして,凄い力で地面を踏み抜いたため,かなりの衝撃音が地面を伝う.

そのまま攻撃態勢に入り,水晶体に手を伸ばす.


聆「──『幻浪げんろう』!そのまま崩れ去れ魍魎共っ!!!」


椿「『乖輪かいりん


ばきぃん──! と水晶体が割れる音がしたと同時.魍魎の身体は脆く崩れ落ちた.


鬼中魍『魂……おれの,魂……食べなきゃ,食べなき──』


全てを言い終わる前に,聆が脆く崩れ去ろうとしている魍魎の体をぐしゃりと踏みつける.


聆「こんなの相手してる暇もねぇし,魍魎たちも早く消えた方が楽だ.満たされねぇ食欲に取り憑かれてるより,早く消えたほうがマシ.わかってるだろ.椿」


物憂げな顔でそう助言する姿に,少し心が揺らぐ.


椿「──わかっているが,少しくらい言わせたらいいだろ.こいつらも,好きで転化したわけじゃない」


聆はそれでも,少しいやったらしそうに笑う.


聆「でもよ? こいつらはあそこにいる女を喰らおうとしてたんだぜ? 俺らが防いだほうがいい.あと,祓ったからっていっても,復活するかもしれねぇだろ」


その言葉に,俺は少し押し黙る.少しだけ,胸のうちに心当たりがあったからだ.

それを見透かされたようで,聆は少しだけ冷静な顔になった.沈む太陽を見ながら答える.


聆「……ここで祓ってあいつが救われた.それでいいだろ.そして実際,祓った直後に更に倍率が変化して,死んだ術者もいるんだぜ」 


今までの聞いてきた記憶が蘇る.

──鬼上魍きじょうのもうを祓った途端,いきなり数体が合体して肥大化して凶悪転化した魍魎.

──それで10人を超える術者が飲み込まれて命を落としたこと.

わかってはいるが,少しの罪悪感が胸を締める.


椿「わかっている.……さっさと帰るぞ.ご飯が冷める」


その言葉に,聆が目をキラキラと輝かせて,態度を一変させる.子供みたいなやつだ,とつくづくと思う.先程の厳しく冷淡で,戦闘を本当に楽しんでいる様子とは全く異なる.それが,聆らしいと俺は思うが.


聆「え! まじ!! 俺あれがいい,甘い卵焼き!」


椿「どうせ用意して待ってるだろ.山のふともに車が待機してるらしい.早く戻るぞ,聆」


少し小走りで,山を駆け降りていく聆の姿を見ながら,今日ぶつかった女のことを考えていた.


椿(……そういえば,あの下にいた黒髪のポニーテールの女も,うちの学校の制服を)


気のせいか,と思いながら降りていくが,何か嫌な予感が胸を差した.

何か,面倒臭くなる予感がした.あの女がきっかけで.

いきなり歩みが遅くなった俺を心配して,聆がこっちを振り向く.


聆「おーい,椿.そのままとろとろしてたら置いてくぞ? 早くこいよ」


そのままふっと軽く笑って,ポケットに手を突っ込んで,舗装された道を歩きながら答える.


椿「あぁ,わかってる.いま行くから待ってろ」


──そして,俺が『御狐様』だということは,決してバレてはいけない.



◆◆◆ー用語解説

魍魎: 人々の怨念,憎悪,感情が募って生まれた変異した妖怪のようなもの.霊とは完全に区別された存在で,意識を持ったもの,持たないもの,有害なもの,無害なもの,いろいろなものが存在する.妖怪の一部も魍魎に当たるものもある.基本的には丸く黒い,かわいいマスコットのような外見をしているが,有害化するたびにその姿は変異していく.5階級で危険度が振り分けられている.一般人は第一階級,霊能力者(低級〜中級)は第三階級,御三家に連なるもの(本家直系,またはそれに準ずる実力者)は単独で第四階級までの接触・対敵なら許可されている.特別指定の階級持ちの術者は,第五階級に対敵しても良いことになっている.


第二階級:鬼中魍きちゅうのもう

-中位の魍魎が当たる.有害なものと無害なものが半々の割合で占めていて,人語を喋るものも存在する.愛らしい外見を保っているものが殆どだが,有害のものは顔が歪になったり,異形化することも多い.一般人は認識できる確率が高い.一般的に中級妖怪と同等の気質を持つ.変異したときの力の増幅倍率が広く,どれになるかわからない.大体,2.0〜14.5倍の範囲で変化する.人々の感情(無害個体/雑食性 有害個体/憎悪など悪感情)で生きる.


第三階級:鬼上魍きじょうのもう

-鬼中魍の上級変異個体〜上位の魍魎が当たる.7割の割合で有害なもので占めていて,ほとんど人語を喋る.一部は普段は愛らしい外見を持っているが,本性は荒く異形化しているのも珍しくない.怨念が強いものがなりやすく,一般人はほとんど転形に関与したもの,霊視所持者以外には認識できない.一般的に中上級妖怪〜上級妖怪と同等の気質を持つ.変異した増幅倍率が広く,変異個体は基本強い.大体,3.5〜25.5倍の範囲で変化する.人々の感情(憎悪,怨念などの悪感情)で生きる.

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