第4話 雨の日の図書室

 士官学校の図書室。外は激しい雨が降り続き、午後の訓練は中止になった。

 生徒たちの多くは寮に戻ったり食堂で騒いだりしている中、図書室は静かだった。


 ルーフスはいつもの窓際の席で、本に没頭していた。

 赤い髪が少し乱れ、茶色の瞳はページを追うのに余念がない。

 周りに人はほとんどおらず、完璧な独りの時間。


 そこへ、ドアが少し乱暴に開く音がした。


「よぉ、チビ助! やっぱりここにいたか!」


 ティールの明るい声が響く。

 ルーフスは顔を上げず、ため息をついた。


「……うるさい。お前、静かにしろよ。ここ図書室だぞ」


 ティールはニヤニヤしながら近づいてきて、ルーフスの隣の椅子をガタッと引いて座った。

 その後ろから、ウィンターが少し申し訳なさそうに顔を覗かせる。


「ルーフス、……ごめんね、急に来ちゃって……」


 ルーフスは本から目を離さず、ぼそっと返す。


「……お前ら、何の用だ。暇ならどっか行け」


 ティールは肘を机について、ルーフスの本を覗き込む。


「用ってほどじゃねぇけどさ、雨で訓練ないし、ウィンターが『ルーフス、きっと図書室にいるよ』って言うから連れてきたんだよ。

 なあウィンター?」


 ウィンターは頷いて、ルーフスの向かいの席に静かに座った。


「うん……ルーフス、いつもここで勉強してるよね。僕も、少し本借りようと思って……」


 ルーフスはチラッとウィンターを見て、また本に戻る。


「……勝手にしろ。邪魔すんなよ」


 ティールがニヤニヤを深めて、ルーフスの肩を軽く叩く。


「ははっ、相変わらず冷てぇなチビ助。

 いつも一人で勉強ばっかして、天才ぶってんじゃねーよ!」


 ルーフスの眉がピクッと動いた。


「は? チビじゃねぇって何度言えば分かるんだよ、お前!

 天才? ふざけんな。俺はただ……やってるだけだ」


 ティールは笑いながら、さらに煽る。


「はいはい、分かったよ。

 でもさ、たまには俺らと一緒にだらだらしろって。 なあウィンターもそう思うだろ?」


 ウィンターは少し困った顔で、でも優しく微笑んだ。


「ティール、ルーフスをからかうのやめようよ……。

 でも、ルーフス。僕もティールも、ルーフスと一緒にいたいなって思ってるよ……」


 ルーフスは本を閉じて、ため息をついた。


「……はあ。お前ら、ほんとにうるさいな」


 でも、声のトゲは少し弱かった。


 ティールが自分の鞄からお菓子を取り出して、机に置く。


「ほら、寮で貰ったクッキー。ウィンターが『ルーフス、甘いもの好きだよね』って持ってきたんだぜ」


 ウィンターが慌てて首を振る。


「え、僕、そんなこと言ってないよ!?」


 ルーフスはクッキーを一瞥して、小声で呟いた。


「……別に、嫌いじゃないけど」


 そして、無言で一つ取って口に入れた。


 ティールが勝ち誇ったように笑う。


「ほらな! 素直じゃねぇんだから!」


 ルーフスが睨む。


「お前いちいちうるさいぞ」


 ウィンターは二人のやり取りを見て、くすくす笑った。


「ティール、ルーフス……二人とも、仲良いよね」


 ルーフスとティールが同時に反論する。


「「仲良くねぇよ!!」」


 ウィンターはさらに笑って、紫の瞳を優しく細めた。


「ふふ、僕、こうやって三人でいるの、ほんとに好きだよ。

 ティールもルーフスも、大切な友達だから」


 雨音が続く図書室で、三人は結局、訓練再開の時間までそこにいた。


 ルーフスはまた本を開いたが、ページをめくる手は少しゆっくりで、

 ティールのくだらない話にツッコミを入れ、

 ウィンターの穏やかな笑顔を見ると、内心少しホッとしていた。


 ルーフスにとって、二人は「うざいが、いてもいい存在」。

 ティールにとって、二人は「からかいたくなる、大事な仲間」。

 ウィンターにとって、二人は「初めてできた、かけがえのない友達」。


 雨が上がる頃、三人は一緒に寮に戻った。

 口では文句を言い合いながら、でも肩を並べて。


 それが、三人のいつもの風景だった。

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ルーフトップ・トリニティ ぼた @bota_0323

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