第3話 紫の雷と赤の炎

 士官学校の訓練場。

 午後の陽射しが強く、地面の砂埃が舞い上がる。


 今日の実技訓練は、槍術対剣術のペア演習。

 教官の指示で、ティールとルーフスが対峙することになった。


 ティールは長槍を軽く回しながら、ニヤニヤ笑っている。

 紫の髪が風に揺れ、緑の瞳が遊び心で輝く。


「よぉチビ助、今日は俺と組むなんて運が悪いなー?

 ま、優しくしてやるよ。怪我すんなよ?」


 ルーフスは剣を構えたまま、茶色の瞳で鋭く睨みつけた。

 赤い髪が少し乱れ、小柄な体を低く沈めている。


「……は? チビじゃねぇって何度言えば分かるんだよ、お前。

 優しく? ふざけるな。俺がお前を倒してやる」


 ティールは肩をすくめて、ますます笑みを深めた。


「ははっ、相変わらず噛みつきがいいじゃん! 可愛いなチビ助、そんなにムキになんなってさ」


「お前ぇ……!」


 教官の「始め!」の声と同時に、二人が激突した。


 ティールの槍が風を切って突き出される。

 長いリーチを活かした鋭い一撃。

 ルーフスは横に滑るようにかわし、剣で槍の穂先を弾く。

 金属がぶつかる高い音が響く。


「やるじゃん! でもよ、まだ甘いぜ!」


 ティールが槍を回転させ、横薙ぎに払う。

 ルーフスは低く飛び込んで、槍の柄に剣を滑らせ、距離を詰める。

 火魔法が小さく炸裂し、ティールの槍に炎が絡みつく。


「おっと、熱っ! チビのくせにやるなー!」


 ティールは笑いながら雷魔法を纏わせ、炎を弾き飛ばした。

 紫の雷が槍先で弾け、地面に焦げ跡を残す。


 二人の動きは速く、周りの生徒たちが息を飲んで見守る。

 ティールの長いリーチと雷の速攻。

 ルーフスの近距離での剣捌きと火の爆発力。

 互角──いや、少しずつルーフスが押し込まれ始めていた。


 ティールがニヤリと笑って、槍を高く掲げた。


「ほらほら、もっと本気出せよチビ助!

 俺、待ってやるからさ!」


 ルーフスは息を荒げながら、歯を食いしばった。


「……うるさい。お前こそ、舐めるな!」


 ルーフスが火魔法を最大出力で放つ。

 赤い炎の渦がティールを包み込もうとする。

 ティールは槍を地面に突き刺し、雷を爆発させて炎を相殺した。


 爆風が巻き起こり、二人が同時に後退する。


 教官が笛を吹いて終了を告げた。


「……引き分け、か」


 ティールが槍を肩に担ぎ、息を吐きながら近づいてきた。


「ははっ、楽しかったぜチビ助!

 お前、ほんと強くなったな。最初会った頃よりずっとよ」


 ルーフスは剣を収め、汗を拭いながら睨んだ。


「……お前も、相変わらずうるさいな。

 チビ助って呼ぶの、やめろって言ってんだろ」


 ティールは頭をかいて、悪びれずに笑った。


「えー、でもピッタリじゃん?

 怒った顔にいい感じにマッチしてさ」


「ふざけんなよ……!」


 ルーフスが本気で剣を抜きかけると、ティールが慌てて手を挙げた。


「わわっ、冗談冗談! 悪かったよルーフス!

 ……まあ、でもよ。お前みたいな面と向かって噛みついてくる奴、俺は嫌いじゃねぇよ」


 ルーフスは少し動きを止めて、ティールを見た。


「……何だよ、それ」


 ティールは槍を地面に立てかけ、珍しく少し真面目な顔になった。


「いやさ、あまり本心見せねぇ奴とか、俺苦手なんだよ。

 お前はさ、嫌なこと嫌ってはっきり言ってくれるじゃん?

 それが話しやすいっていうか……信用できるっていうか」


 ルーフスは目を逸らして、ぼそっと呟いた。


「……お前こそ、いつもチャラチャラして何考えてるか分からないだろ。

 でも……まあ、弱い者いじめ見てすぐ飛び出すところは、嫌いじゃない」


 ティールが目を丸くして、それから大声で笑った。


「はははっ! チビ助に褒められた!? 奇跡じゃんよ!」


「褒めてねぇよ! 馬鹿!」


 二人が訓練場の端で言い合いを始めると、周りの生徒たちがくすくす笑い始めた。


 少し離れた場所で、ウィンターが困った顔で見守っていた。


「また二人とも……喧嘩して……」



 ***


 訓練が終わって、夕方。

 三人はいつもの屋上に集まっていた。

 ティールが持ってきたお菓子を分け合いながら、だらだらと話す。


 ティールが突然、ルーフスに話しかけた。


「なあルーフス。お前、なんで士官学校入ったんだ?

 お前頭良いんだから、もっと楽な道あっただろ」


 ルーフスは一瞬、表情を硬くして、ぼそっと答えた。


「……別に。ただ、強くなりたかっただけだ」


 ティールは緑の瞳を細めて、軽く流した。


「ふーん、まあいいけどさ。

 俺はよ……まあ、国のために働いて、ちょっとでも役に立ちてぇなって思ってさ」


 語る時のティールの声が僅かに悲しみを含んでいたが、ルーフスはそれに気づかなかった。


 ルーフスはティールを見て、小さく呟く。


「……お前、意外と熱いところあるよな」


 ティールがニヤリと笑った。


「そうか? まあ、チビ助には負けるけどな」

「だからチビじゃねぇって言ってんだろ!」


 屋上がまた賑やかになる。


 ティールにとって、ルーフスは

「からかいたくなるけど、実は一番信頼できる喧嘩仲間」であり、

「本心をぶつけてくれる、貴重な存在」。


 ルーフスにとって、ティールは

「うるさくてムカつくけど、放っておけない正義バカ」であり、

「意外と似てる部分がある、悪くない奴」。


 紫の雷と赤の炎。

 喧嘩しながらも、どこかで通じ合っている。


 二人はこれからも、屋上で──

 ウィンターを挟んで、騒がしく笑い合うだろう。

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