第3話 夜宵編
地獄とは現世で悪事を働いた者が、死後の世界でその報(むく)いを受ける場所とあるが、夜宵(ヤヨイ)は冥界(めいかい)で、そんな場所は見たことも聞いたこともない。夜宵が所属する案内組織には、十六夜(イザヨイ)という上司とも呼べる者が存在するが、夜宵含め、今宵(コヨイ)と早宵(サヨイ)も十六夜の姿を見たことはない。正確には、そこに確かに存在しているのだが、放つ光が神々(こうごう)しい故(ゆえ)に直視できないのだ。夜宵はある日、十六夜に訊ねた。本当に地獄はあるのですか?と。これまで十六夜から直接的回答を得られた先例はないが、彼もしくは彼女は、それとなく仄(ほの)めかした。閻魔(えんま)による審判で、大抵の魂は地獄行きとなる、と。そんな十六夜が、一時(いっとき)だけ閻魔の下で魂の選別に駆り出されるという不測の事態があった。閻魔の下で働く獄卒(ごくそつ)から転生する魂を引き受けてくるのが十六夜の仕事の一環でもあったが、その時は代わりに夜宵が獄卒から転生する魂の引き渡しを担(にな)った。夜宵はそこで地獄が見られるかもしれないと期待したが、獄卒の背後の扉には何もなかった。軽微な罪もしくは無罪で、天国行きと裁定された魂を転生させて現世に還すのが夜宵たちの仕事であり、彼女たちにとって地獄は無縁な場所であると同時に、神秘に満ちた場所でもあった。夜宵は転生魂を見つめ、地獄を見聞(けんぶん)できないか考えた。せめてその存在だけでもはっきりさせたい夜宵は、十六夜が不在である現状を利用して、邪(よこしま)な思考を巡らせた。——冬の早朝に新聞配達員が発見したものは人間の死体であり、綺麗に2人並んでいた。不可解なのは2人の殺害方法は一貫しているが、順序が一貫されておらず、犯人は最低でも2人以上という複数犯説が浮上した。だが、警察は捜査の撹乱(かくらん)を狙った単独犯説も視野に入れていた。被害者の殺害方法はそれぞれ刃物による刺殺だが、その後の行為が不可解だった。1人は腹部を一突きにされた後、両手首を切断されている。もう1人は、その両手首を持った状態で心臓一突き——即死だった。事件は猟奇殺人として大きく報じられたが、深夜の閑散(かんさん)とした公園の林で起こった事件の目撃者は皆無であり、被害者の身元が特定されるも、恨まれるような生活環境や人柄ではないという。無差別連続殺人の主犯は絶対に捕まらない。夜宵は一連の殺人を犯した転生魂を見送った。そして、次に送られてくるのは、両手首を切断された可哀想(かわいそう)な被害者第一号だと見当をつけていた。しかし、夜宵の下に来たのは手首を持った男、即(すなわ)ち被害者第二号であった。夜宵は獄卒の前で首を傾げて思い返した。自分が転生させた魂には2つの殺人を実行するように仕向けた。最初に殺人犯(手首を持つ男)に取り憑(つ)かせ、1人目を殺し、手首を切断した。そして、今度は取り憑いた殺人犯自らの心臓を一突きにして2人の死体が完成した。しかし、この状態では2人目は自殺と判断されてしまうため、最後の憑依(ひょうい)先である新聞配達員に憑依し、後始末を施した。両手を塞(ふさ)がれていては、心臓一突きの自決はできない。新聞配達員は疑われたが、冬場の配達で軍手をしているのは不思議ではないし、そもそも彼に死体を触れた記憶は残っていない。警察は死んでしまった犯人を追っており、その人物(手首を持つ男)は地獄行き確定のはずだった。それが今、夜宵の目の前にいる。夜宵は獄卒に、彼は殺人者の魂で地獄行きでは?と問うと、獄卒は当然だというように言った。「——だから転生させて地獄で生かすのだ」夜宵はここで初めて知った。自分たちは天国行きの魂を導(みちび)いていたのではなく、現世という地獄行きの魂を導いていたのだ。
夜宵編 完
転生先の案内人 @shibakazu63
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