終章:雨の雑居ビル

僕はその申し出を丁重に断り、雨の降る街へ戻った。

事務所に戻ると、隣から御子柴の声が聞こえる。「いやー、今回の事件も楽勝だったわ」。

僕は自分の机に座り、大河内家でもらった「菓子折り」を見つめた。事件解決の報酬はゼロだが、この菓子折りだけが手元にある。

「事務処理能力」「対人折衝能力」「気配り」。

それらは社会人としては一級品かもしれない。どこへ行っても重宝されるだろう。食いっぱぐれることもない。

でも、僕が欲しかったのはそれじゃない。

僕は、誰も解けない謎を解きたかった。

「あなたのおかげで日常が回る」ではなく、「あなたにしか真実は見つけられなかった」と言われたかった。

壁の向こうで、天才が笑っている。

壁のこちら側で、凡人は丁寧に報告書をファイリングする。その背表紙のラベルは、定規で測ったように真っ直ぐだ。

誰かの役に立っている。感謝もされている。

けれど、鏡に映る僕は「名探偵」ではない。ただの「便利な便利屋」だ。

僕はパソコンを開き、また別の依頼メールに返信を書く。文面は完璧で、誤字一つなく、相手を不快にさせない素晴らしいビジネスメールだ。

エンターキーを叩く音が、雨音に虚しく吸い込まれていった。

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名探偵の影法師 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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