第一章:密室と事務処理

ある雨の日、資産家の老婆・大河内家から依頼が舞い込んだ。

屋敷の金庫から、家宝のルビーが消えたのだ。完全なる密室。容疑者は屋敷にいた親族と使用人の五人。

「これは僕の出番だ」

僕は震える手でスーツを整えた。御子柴は二日酔いで寝ている。千載一遇のチャンスだった。

大河内家に入った僕は、教科書通りに現場を保存し、関係者全員への聞き込みを開始した。動機の有無、アリバイの確認、時刻表のトリック。僕は手帳を真っ黒にし、徹夜で相関図を作った。

その過程で、僕は奇妙なほど感謝された。

聞き込みの最中、長男の事業計画書の誤字脱字があまりに酷く、見るに見かねて修正してやったからだ。「君、優秀だねえ! うちの経理より使えるよ」と長男は僕の手を握った。

次女が遺産相続のストレスでヒステリーを起こした時は、前職で培ったクレーム対応スキルで完璧に傾聴し、なだめた。「あなたと話すと落ち着くわ」と彼女は泣いた。

屋敷の古びた扉が軋むのが気になり、聞き込みのついでに蝶番に油を差し、ついでに散らかっていた廊下の電球も替えた。

僕は、屋敷の「環境」を劇的に改善していた。

だが、犯人はまだわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る