第1話

俺が政府の施設を出た時、外はもう夕方だった。

オレンジ色に染まった空が、やけに眩しく見えた。

きっと柄にもなく泣いてしまったせいだろう。


「やって、いいんだ」


ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟く。

魔法サッカーを出来るようになるというたったそれだけの事なのに、俺にとっては世界がひっくり返る程の出来事だった。


今までずっと、抑えて、誤魔化して自分を偽ってきた。


――でも、もう偽る必要がない。


自然と口角が上がってしまう。

これから仲間と走り、声を掛け合い、全力でプレイする自分。


「うへへ」


少し気持ち悪い笑いをしていたらポケットの中でスマホが小さく震えた。

画面に表示された名前を見て、心が温かくなった。


『施設に呼ばれた理由なんだった?』


短いメッセージ。

でも、その一言に、どれだけ心配しているかが分かった。

俺は少しだけ歩きながら、スマホを見つめた。

画面に表示されている名前は――


『朝霧 澪』


幼馴染で、そして今は恋人。

俺の事情を、全部知っていて今まで隣に居てくれた大切な存在。


指先で画面をなぞり、返信する。


『高校から、魔法サッカーやっていいって言われた』


ずっと画面を見ていたのか、すぐに既読が付き、一瞬で返信が来た。


『ほんと!?やったじゃん!』

『ね!言ったでしょ!絶対大丈夫だって!』


連続で届くメッセージに、思わず笑ってしまう。

画面越しでも澪のはしゃぎようが分かる。


『泣いたでしょ?』


その一言に、心臓が跳ねた。

どうやら澪には、何でもお見通しらしい。


『ちょっとだけだからな?』


変な誤魔化しをしてもすぐバレそうなので、せめてもの強がりで、ちょっとだけと言っておく。


『頑張ったね、恒くん』


やめて欲しい。

今の俺にそんな事言われたら涙が戻ってきてしまう。


小さい頃から、ずっとそうだ。

澪はいつも隣で支え、寄り添ってくれていた。

そういう所に惚れたとも言えるのだが。


俺は立ち止まり、夕焼けに染まった街をぼんやりと見つめた。

車の走る音、人の話し声、いつもと変わらないはずの風景なのに、今日は少しだけ違って見える


――世界が、輝いて見えた。


『ありがとう』


たったそれだけの文字を打つのに、少しだけ時間がかかった。

言いたい事など色々あったが上手く纏められなった。


『うん』

『星稜高校で、魔法サッカー始めるんだよね?』


俺はスマホを少し見つめ、返信は当然決まっているので指を動かして返信する。


『ああ、星稜高校の魔法サッカー部に入る』


送信すると、すぐ既読が付き、間を置かずに返信がきた。


『なら私、マネージャーやるね』


予想外の返信に一瞬、固まってしまう。

まさか澪がマネージャーをやるなんて言うとは思わなかった。


『いいのか?』


打ち込んだその文字は、俺の本音だった。

何故なら澪は、中学までテニスで全国行ける程の選手だ。なのに、高校からはマネージャーになるなんて……


『良いに決まってるじゃん!それにね、昔から決めてたの。恒くんがもし出来るようになったら支えようって』

『それにテニスはもう飽きたしね』


画面の向こうで、きっと澪は当たり前みたいな顔をしていると思う。

胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


軽い冗談みたいに「飽きた」と言ってるが、澪がどれだけ本気でテニスに向き合ってきたか、俺は知っている。

だが――


『ありがとうな』


短い言葉だ。

でも、それ以上はいらない気がした。

ここで変に「後悔しないか?」とか言うのは逆に澪の覚悟に対して失礼だろう。


『どういたしまして。私を全国に連れて行ってね、彼氏くん』


『ああ、任せてとけ』


それだけ打って、俺はスマホをポケットにしまった。


夕焼けの空を見上げる。オレンジ色の向こうに、これから踏み込む世界が広がっている気がした。


星稜高校。

かつては全国常連と呼ばれながら、今はあと一歩に届かない学校。

エース不足、決定力不足――そう評され続けてきた魔法サッカー部。


そこに、俺は行く。


そしてそこでエースになり、澪を全国に連れて行く。胸の奥で、小さく何かが燃え上がるのを感じた。


不安もある。怖さも、正直ある。

魔法サッカーは甘くない。俺が通用するかも分からない。

だが、不安などよりも今は楽しみという気持ちが強かった。


「やってやるさ」


夕焼けはゆっくりと夜へ変わり始めている。

だが俺の中では、ようやく朝が来た気がした。

抑えてきた想いも、閉じ込めてきた才能も、

これからは全部、ピッチの上に叩きつける。


星稜高校。魔法サッカー部。


ここからが俺のスタートだ。


■■


あれから時間が経ち、ついに星稜高校の入学の日になった。


両親に魔法サッカーが高校からできるようになった事を報告すると、我が身のように泣いて喜んでくれ、その日は豪華な料理でお祝いしてくれた。

どうやらずっと、我慢させていた事が苦しかったらしい。


「これからは全力で応援するから」と言ってくれた。

迷惑掛けてたのは俺の方なのに、本当に良い両親だと思う。


ついに入学当日の朝、いつもより少し早く目が覚めた。

カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。


「ついにか……」


少し興奮していて、二度寝なんて出来そうになかった。


制服に着替え、ネクタイを締める。

鏡に映る自分を見て、少しだけ深呼吸した

リビングに行くと、母が既に朝食を用意してくれていた。


「緊張してる?」


「まあ、ちょっとだけね」


そう答えると、父が新聞から顔を上げて俺を見ながら穏やかな顔で笑う。


「良い顔してるじゃあないか。俺に似てイケメンだからな女子にモテちゃうんじゃあないか?」


「やめろよ……俺は、澪さえいればいいんだから」


「あははは、そうだな。澪ちゃんがいるなら安心だ」


「澪ちゃん、本当に良い子だものね」


母も頷きながら、湯気が立つ味噌汁を俺の前に置いてくれる。


「うん」


短く返事をしてから、朝食を口に運ぶ。

いつもと同じはずの味なのに、今日はやけに美味しく感じられた。


「行ってくる」


朝食を食べ終えた俺は、玄関に向かい靴を履く。


「行ってらっしゃい、恒一」


「頑張りなさい」


二人の声に背中を押されるように、俺は家を出た。


春の朝の空気は少し冷たくて、でも心地いい。

胸いっぱいに吸い込むと、自然と背筋が伸びた。


――今日から、俺は高校生だ。


少し歩いた先の角を曲がると、見慣れた後ろ姿があった。


「澪」


名前を呼ぶと、澪がこちらに振り返る。


朝の光を受けて、ふわりと揺れる長い黒髪。

肩まで伸びた髪は手入れが行き届いていて、動くたびにさらりと光を反射する。

整った鼻筋に、少し大きめの瞳。笑うと柔らかく細まるその目は、昔から変わらない。


――やっぱり、誰が見ても俺の彼女は美少女だ。


「おはよ、恒くん」


そう言って、澪は柔らかく微笑んでくる。


「制服、似合ってる。可愛いよ」


「ありがとう。恒くんも、似合っててカッコイイよ」


「ありがとうな」


そう言い合った後、二人で並んで手を繋ぎ歩き出す。

通学路は中学の頃とほとんど同じなのに、不思議と景色が違って見えた。


「いよいよだね」


澪はこちらを見ず、前を見たまま言う。


「ああ。正直、まだ実感ないけど」


「大丈夫。恒くんならやれるよ。一番近くで誰よりも見てきた私が言うんだから間違いないよ」


その言葉が、何より心強かった。

澪が信じてくれるなら何でもやれる気がする。


やがて見えてきた、星稜高校の校門。

大きく掲げられた校名と、行き交う新入生たち。

期待と不安が入り混じった空気の中で、俺は一歩足を踏み出す。


「行こうか」


「うん」


そして、ここから全てが始まる。





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まだサッカー自体してないという

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魔法サッカー〜高校から魔法サッカーで本気を出す クスノキ @camphortree

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