第4話

私はレオンを屋敷に閉じ込め、一人、旅にきている。彼と少しでも離れざるを得ない事実に私はイライラしている。


レオンが私の元に戻ってきてから、数年が経った。

けど、彼は抜け殻のように私の言葉に頷くだけ、私を見ようともしない。

そこで、私は配下の情報屋に調べさせ、メス豚の居場所を突き止めた。

私はメス豚の住処の前に立ち、一人呟く。


「レオン…、私を見ないってことは、心にあのメス豚が棲み着いているってことだよねぇ。いつまでもしつこいメス豚は細切れにしてレオンに分からせてあげないと…。」


ここがメス豚のいる小屋か…。

メス豚が住んでいる小屋は、思ったよりも古かった。


手入れはされているけれど、私の屋敷と比べると、あまりに――脆い。


私は外套の裾についた埃を払ってから、

魔力を展開、魔力場が形成され、周囲の音が聞こえなくなる。

という事は、こちらが出した音も魔力場の外には漏れないということだ。


私は魔力で衝撃波を出し、扉を粉砕した。

家の中では轟音がしただろう。 

年老いた男が手に鉈を持って出てきた。


年齢からして、メス豚の父親かしら。

何も知らない目。

私の姿を見て怯えている。

その時点で、私は理解した。

こいつは弱者だ。

何も得る資格はない。


「お前がセリアとかいう化け物か?娘から夫のレオンを奪った。」


私はメス豚の父親の言葉に、剣を鞘から引き抜く。


「ジジイ…。まだ生きていたいなら、私の気に障ることは言わない方が良いわよ。」

 

愚かな老人だが、身体つきだけは立派だ。

力だけは自信があるのだろう。


例え、英雄と呼ばれていても、女の私なら簡単に殺せると勘違いしたのだろう。


老人が私に向かって鉈を振り上げる。

そのゆっくりとした動きをみて、私はあくびが出そうになる。


私は老人に近づき、軽く剣を振る。

魔物の身体に比べたら、ずいぶん柔らかい身体だ。

老人は鉈を振り上げたまま動きを止めた。


私が横をとおり、メス豚の小屋に足を踏み入れた時、老人が切られた事を思い出したのだろう。

ゆっくりと崩れ落ちる。


小屋の中は、暖かかった。

食事の匂い。

メス豚達の餌かしら?


私が足を踏みいれた部屋には小屋の入り口で倒れて動かなくなった老人を見て大きく目を見開き、叫ぶ老婆がいた。


あのメス豚の母親かしら?


「あなた!!」


老婆は倒れた老人に駆け寄り、声をかけるが、肉塊となった老人は何も答えない。


「お前があのメス豚の母親ね。お前が醜く発情して、股座からあのメス豚をひり出さなければ、レオンが汚される事もなかったのに…。」


私はまだ肉塊に縋り付く老婆の後ろに立ち、


「私の気分を害した。それだけで万死に値する。」


そう言って、老婆に向かって剣を振り上げる。


「お前が縋り付く肉塊と一緒のところに送ってあげる。感謝しなさい。」


私の言葉で、老婆がようやく自分の状況に気付いたのか薄汚く叫び逃げようする。


「黙って死ね。」


そう言って、老婆に向かって剣を振り下ろす。

老婆だった肉塊が着ていた襤褸切れで剣に付いた血を拭き、辺りを見回す。


「やれやれ。あのメス豚はどこかしら?」


私は子供の頃、レオンと隠れんぼをして遊んだことを思い出し、ウフフと笑いながらメス豚を探す。


別の部屋に入ると小さな足音が近づいてくる。

現れた子どもは、レオンと同じ目をしていた。

私を見ると、一瞬だけ、きょとんとした顔をして、それから笑った。


「お姉ちゃんだあれ?」


その声は私が、昔よく聞いた大好きなレオンの声に似ていた。

レオンが声変わりをする前の少し高い声だ。


私はその声を聞いてはっきりと分かった。

これは間違いだ。

彼の血とメス豚の血が私の知らない場所で、

私の知らない未来を作っている。

そんなのは許されない。


そこに元凶のメス豚が現れた。

あの頃と比べ、痩せていて、ずいぶんと疲れているみたいだ。

私を見た瞬間、顔から血の気が引く。

当然だ。

私は彼女の「終わり」なんだから。


「……帰ってください。」


震える声、メス豚の最後の願い。

私は首を傾げる。


「どうしてかしら?」


本気で、分からなかった。

この家に残っているものは、全部…彼を縛る。

ここにこんなものがあるから、彼は私を見ないんだ。

なら片付けるだけだ。


子どもが、私の剣を見て目を輝かせた。


「お姉ちゃんつよいの?」


「……ああ。。私は世界で一番強い。」


私は膝を折り、

生まれてはいけなかった子どもと目線をあわせる。


泣いていない。怯えていない。何も知らない。

怯えていないのが少しだけ残念と思った。


立ち上がり、私は外套の留め具を外す。

いつもの動作。

戦いの前の癖。

私の手が剣にかかる。


メス豚が目の前にいる私の獲物の名前を叫ぶ。

しかし、私は神速の速さで剣を振るう。


小さな獲物は私に向けた笑顔のまま動かなくなった。

小さな肉塊が私の足元に横たわる。

これで、また一つ彼を縛るものがなくなった。


もう少しで彼は帰ってくる。

あと一つ邪魔なものがなくなれば、彼が迷う理由はなくなる。


それは、彼のため。

そして…私のため。


私は床に倒れている小さな肉塊に縋り付くメス豚に剣を向ける。


「約束しただろ?細切れにするって。」


私は迷いもなく剣を突き出す。

耳障りな醜い泣き声が消える。


さぁ、レオン。

これであなたは自由よ。

私の元に帰ってきてね。


私は来たるべきレオンとの愛の日々に思いを馳せながら魔力を展開し、汚い小屋を…、レオンの足枷を燃やし尽くす。


私は焼け跡の後にして、レオンの待つ王都の屋敷に向かう。

醜い肉塊を引きずりながら、


「ちゃんとレオンの前で魔物の餌にしなくちゃね。」


そう呟く、私の顔はきっと満面の笑みを浮かべているだろう。


「愛しているよ。レオン…。」

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嫉妬の剣は微笑みの裏で砥がれる。 鍛冶屋 優雨 @sasuke008

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