第2話

セリアは、ずっと選ばれる側だった。

剣の才能。

魔力の発現。

討伐のたびに増える称号と勲章。

王国は彼女を英雄と呼び、


冒険者ギルドは最上位の席を用意した。

でも彼を捨てられるはずがなかった。


レオンは、彼女の影だった。

隣に立てない影。

追いつけない影。

それでも離れなかった影。


ついてこられなくなったら、私が守ってあげればいい。

彼は弱いんだから、私が全部決めてあげればいい。


――彼が去るまではそう思っていた。

冒険者を辞め、薄汚い股ぐらを開いたメス豚に惑わされ結婚し、田舎に逃げ、


『普通の幸せ』


とやらを選んだと聞いた瞬間、

セリアの中で、何かが完全に壊れた。

「愛しの相手を奪われた。」

彼女は本気でそう思った。


自分のものだったはずの愛する男を薄汚いメス豚が盗んだ。

ならば…取り返すだけだ。

最初は、静かに。


リィナはレオンと出会った治療院での経験を活かし、田舎でも治療院で働いている。


その治療院で重症患者が増えた。

魔物の被害が増加したせいだ。

なぜか結界が破られている。


次に、レオンが作物を納入している店が潰れた。

店の主人が突然消えた。

事故、行方不明、別の国で裕福に暮らしている…様々な噂が流れるも真実は分からない。


レオンの調査では、セリアが裏で糸を引いている可能性があったが、彼には証明できなかった。

それにセリアを告発したとしても誰も信じてはくれないだろう。

だって彼女は英雄だから。


それでもレオンとリィナは仲睦まじく暮らしていた。


そんなある雨の夜、セリアが直接会いに来た。

彼女は何食わぬ顔でレオンの家の扉を叩いたのだ。


「レオン、迎えに来たわよ。」


そう、まるで当然のように。

満面の笑顔で。


「もう、レオンったら私と王都に戻るんだから準備していないと駄目じゃない。でも、そんなちょっと抜けているところも可愛いけどね。」


セリアは今、気付いたとばかりに手を叩く。


「よく考えたら、レオンが持っていくものなんて、ここには何もないわよね。王都の私の屋敷には何でもあるんだもの。」


そう、レオンに向かって話すセリアに、リィナは震えながら話しかける。


「……レオンは、私の夫です。それにお腹には彼との子が…。」


セリアは、ゆっくりと首を傾げた。


「メス豚が何で偉そうに人間の言葉を喋っているの?」


セリアがそう言った次の瞬間、神速で鞘から剣を抜き、床に剣を突き刺す。


「私の夫?…レオンはまだ私のものになっていないだけなのよ?」


セリアは笑っていた。

優しく。

慈しむように。

愚かな子供に優しく諭すように話す。


「あなたはね、彼を壊したのよ?冒険者としての誇りを捨てさせ、剣を手放させ、弱いまま生きる道を選ばせ、私から引き離した。その薄汚い股を開いてね!!」


床に刺さっていた剣を引き抜き、リィナの喉元に剣を向ける。


「そんな弱者の生き方は、彼に似合わないわ。まだレオンの足を引っ張るというなら…。」


そう言って、さらにリィナの喉元に刃を近づける。

セリアはリィナの青褪めた顔を見て、さらに笑みを深くする。


「もっとムカつく事実を今、知ったからね。先ずはこっちかしら?」


そう言って、セリアはリィナの少し大きくなった腹に剣を向け、ニタァと笑う。


「メス豚はやぁね。すぐに発情するんだから…。レオンを惑わすことをやめるなら、まだ殺さないであげるけど、その大きく膨らんだ肚は許せないわ。」


リィナは何も言えずに慄えている。

セリアはリィナの青褪めた顔を見つめて、優しい笑顔で囁く。


「頭の弱いメス豚にも分かるように教えてあげる。あなたみたいな弱いゴミは、強者である私が広い心で生かしてあげているの。だけど、これ以上、私を不愉快にするなら…、」


そう言って、セリアが剣を持つ手に力を入れ、突き出そうとすると、レオンが叫ぶ。


「やめてくれ! 俺はセリアの元に行くから!リィナとお腹の子には手を出さないでくれ!」


その言葉を聞いた瞬間、セリアは恍惚として剣を鞘に戻す。


「ほら、やっぱり。レオンは私の事が好きなんだ。レオンったら忘れっぽいからもう一度だけ教えてあげるね。そこのメス豚もよく聞いておきなさい。」


セリアは笑みを絶やさず告げる。


「レオンは私の専属パーティーとして冒険者に戻ってね。弱くて可愛いレオンが泣いて頼むからこのメス豚は傷つけないであげる。だけどメス豚とは、完全に縁を切ってね。拒めば…このメス豚は細切れにして、レオンの目の前で魔物の餌にしてやるわ。何処に逃げても無駄、絶対に殺しに行くから…。」


セリアはにっこりと笑って、


「弱くて可愛いレオンは分かってくれたかな?」


そうレオンに告げる。

選択肢は、なかった。


リィナは生き延びた。だが、心は折れた。

彼女は身重のまま去り、二度とレオンの前に姿を現さなかった。


セリアは満足していた。

レオンは戻った。自分の隣に見えない鎖をつけたまま。

セリアは言う。


「ねえ、レオン、やっぱり私の横が貴方の居場所でしょう?」


レオンは、剣を握る。

だがそれは、誇りのためではない。

彼女の機嫌を損ねないためだけだ。

そして王国は今日も讃える。

「英雄セリア」

「最強の冒険者」

「正義の剣」

と…。

しかし、誰も知らない。

彼女の剣は笑顔の裏で常に研ぎ澄まされており、一人の男の幸せを切り続けていることを…。

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