嫉妬の剣は微笑みの裏で砥がれる。
鍛冶屋 優雨
第1話
その村で育った二人は、いつも一緒だった。
剣を振る練習も、魔物図鑑を読む時間も、将来の夢を語る夜も。
少年――レオンは、不器用だった。
剣の筋もなく、魔力も乏しい。それでも諦めず、少女の背を追い続けた。
少女――セリアは、天才だった。
剣も魔法も、努力以上に才能が花開き、冒険者ギルドでは若くして名を知られる存在となった。
セリアから
「一緒に、上を目指そう。」
と言われ、その言葉だけを信じて、レオンは冒険者を続ける。
だが現実は残酷だった。
お互いに低級の冒険者の内は、一緒にパーティーを組んで依頼を受けていたけど、セリアが頭角を現していくと、レオンはセリアの足手まといになりたくないと思い、たまに別の任務を受けるようになる。
最初の頃は、5回に1回ほどレオンは別の任務を受け、レオンとセリアの能力差が出始めると、4回に1回、2回に1回とセリアが単独で依頼や任務を受ける数が多くなり、その内セリアとレオンはパーティーとして機能しなくなっていった。
セリアはレオンと離れ離れになってもレオンに声をかけていたが、次々と功績を重ね、数年も経つ頃には王国公認の高位冒険者へと昇り詰めた。
一方レオンは、初級任務を転々とし、失敗を重ね、ランクは初級から上がれない。
いつしか道を並んで歩くことはなくなり、レオンはセリアの背中を追いかけるようになり、その内、セリアの周りには他の多くの冒険者の仲間が増えていった。
「アイツ足手まといじゃねぇの?」
セリアの周りの誰かの言葉が、刃のように胸に刺さった日から、レオンは酒場に入り浸り、冒険者としての自分を投げ捨てていった。
そんな彼に声をかけたのは、冒険者ではない女性だった。
治療院で働く、穏やかな目をした女――リィナ。
「剣だけが…、冒険者だけが…、生き方じゃないですよ。」
そう言って、レオンが冒険で負った傷を丁寧に治しながら、彼女は何度も何度も諭した。
冒険者でなくてもいい。
誰かを守る仕事は、他にもある。
レオンはいつしか冒険者を辞め、街の警備や運搬の仕事についた。
そして剣を振る代わりに、鍬を振るうようになり、自然と向き合う日々が始まった。
そして、リィナに告白をして、田舎に小さな家を借りて結婚した。
静かで、温かい幸せだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私がレオンがリィナというメス豚と結婚した事実を知ったのは、長い旅を終え、街に帰還したときだった。
恐ろしい魔王を退治した任務から戻って、レオンが入り浸っていた酒場に顔を出し彼を探していたら、顔馴染みの店主からきいたのだ。
「お前の幼馴染?あぁ、レオンのことか。アイツは冒険者としては才能が無かったからなぁ。今は冒険者を辞めて、治療院で働いていた女と結婚して、遠くの田舎で暮らしてるよ。」
…一瞬、理解できなかった。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「……は?」
レオンは、私のものだった。
隣を歩くはずだった。
いつの間にか離れていったのは、彼のほうなのに。
気づけば、セリアは酒の入った木のカップを握り潰していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
再会は、偶然を装った必然だった。
田舎で畑を耕すレオンの前に、豪奢な装備に身を包んだセリアが立つ。
「久しぶり、レオン。魔物の討伐依頼を受けて補給のためにこの村にきたら、あなたがいて驚いたわ!」
セリアの笑顔はどこか歪んでいた。
彼女は言う。
「この村で再会したのも何かの縁だわ。私、ちょうど王都にある屋敷を管理してくれる人を探しているの。レオン、王都にある私の屋敷で働かない?報酬は十分に出すよ。信頼できるレオンなら留守が任せられるから。お願い!」
危険はない。
そうレオンに告げるも彼は首を縦に振らない。
セリアはさらに囁く。
「それにレオンはまだ冒険者だよ。ここにいるべきじゃないよ。今は調子が悪いだけ。私が横について一緒に任務をこなしてあげるから、そうしたら高ランクなんてすぐになれる。だから王都に戻ろうよ!」
しかし、レオンは、はっきりと断った。
「俺には、守る人がいる。」
その言葉が、セリアの理性を切り裂いた。
彼女は理解できなかった。
自分より劣るメス豚を選んだことが。
自分と違う女と結婚して、幸せになった
ことが。
…ならば、壊せばいい。
噂を流し、リィナに向けて、見えない圧力をかける。
「あなたには、冒険者のレオンは釣り合わない。」
そう一人囁くたび、セリアの笑顔は優しかった。
――それでも、レオンは彼女を選ばなかった。
セリアは悟る。
自分が欲していたのは、高ランクでも名声でも豪奢な装備でも王都の屋敷でもなかった。
横にいてくれていたレオンだと。
高位冒険者セリアは、今も剣を振るう。
だが、その剣はもう、誰も守れない。
そして、彼女は知らない。
静かな家で、レオンが穏やかな笑顔でリィナに言う言葉を。
「冒険者じゃなくなって、セリアと自分を比べることがなくなって…、初めて救われた。」
それが、彼女にとって
一番残酷な結末だった。
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