第5話 不器用
金吾は自由狩猟のクエストを受注したが、狩りは行っていない。
このクエストは実質的に都市外への通行許可証的な役割を担っていた。
森の奥へと足を進めると、岩肌にぽっかりと口を開けたような小さな岩屋戸が現れる。そこが金吾の野営地だった。
内部には様々な生活道具が整然と並べられている。
皮を鞣し、紙を漉き、干し肉を吊るし、薬草を乾燥させる棚。時にはポーションを調合するための小瓶や器具も置かれていた。
それらは趣味ではなく、生き延びるために必要に迫られて作られたものだった。
岩屋戸の一角には簡易的な鍛冶場もある。剣を一本鍛造するほどの設備はないが、折れ曲がった刃を修正する程度なら可能だった。街には武器を売ってくれる鍛冶屋が一軒だけ存在するが、節約のために自分で直す術を身につけていた。
指先に炎を灯し、自作の木炭へと火を移す。魔法で風を送り込み、ふいごの代わりに炉を温める。金槌で形を整える過程は、彼にとってつかの間の癒やしだった。
ミノタウロスとの戦闘で折れ曲がった古い剣を慎重に叩いて形を戻し、錬金魔法で砥石に変えた岩で刃を研ぐ。金属の擦れる音が岩屋戸に響き、孤独な作業の中にわずかな充足感があった。
金吾「ふう、こんなものか」
完成度に一定の満足感を覚えながら、別の問題が頭をすぐに悩ませた。
金吾「はあ……塩が少ない、少ないよなあ。またスールベルンにいかなくてはいけない、か」
彼は独り言を漏らす。
スールベルン司教領は岩塩の一大産地であり、アウレリアの主要な輸入先でもあった。馬を走らせれば一日の距離であり、徒歩でも往復で三日をかければ行くことが出来た。町中では購入すら許されない金吾にとって、唯一の調達先だった。
街へ行くためにはギルドへの申告、購入品に対する関税、ただでさえ遠い道で何十キロの塩の固まりを荷車に乗せて帰る、その道程を考えると気が重かった。
せっかく愛剣を直したというのに、と金吾はがくっと肩を落とす。
金吾「……昼食の鬼うさぎでも狩りに行くか」
金吾がいつもの狩り場へと赴くと、そこには昨日助けた少女、メディアリア・ミューレが居た。
水の斬撃魔法で攻撃をしているが全く当たっていなかった。膨大な魔力に裏付けられたであろうその威力が周辺の斬撃の跡からも見て取れるが、制御能力の低さが台無しにしていた。
金吾「宝の持ち腐れだな」
金吾はメディアリアのことを憐れにも思ったが同時に嫉妬心も抱いていた。才能そのものへの嫉妬もそうであるが、その才能が保証する未来への嫉妬だった。そのことを自覚した瞬間、彼は自分自身を心底嫌悪した。
全く一方的な感情であったが、金吾は自分の心を乱されたと思い込み不愉快になった。
狩り場を変えようとしたその時、メディアリアが不用意に鬼うさぎの間合いへ踏み込んでしまった。
金吾「ばかやろう!!!」
金吾の怒声に反応して少女は固まった。だが遅かった。鬼うさぎが強靭な脚力で地を蹴り、鋭利な角を突き立てながら突進する。
金吾は叫んだ瞬間にはすでに氷魔法「氷壁」を発動していた。ほとんど反射的なことだった。
あたり一面に斬撃魔法の残り火とも言うべき水たまりが散在していたこと、そして金吾の唯一のギフト、ギフトと呼ぶにはあまりにもささやかなものだったが、氷魔法が比較的得意という幸運が重なり、少女は救われたのだった。
氷の壁に深々と突き刺さる鬼うさぎの角を眼前に、メディアリアは恐怖に震えていた。この硬い氷が自分の柔肌に突き刺さった時、果たして生きていられたのだろうか? そう考えざるを得なかったのだ。
金吾は少女に近寄ると、ちらりと少女を見た後に、氷壁に刺さって身動きができない鬼うさぎの急所を刺してトドメを刺した。
金吾「これは俺の獲物だ、文句はないよな?」
短く言い残し、鬼うさぎを担いでその場を後にした。
次の更新予定
転移したおじさんと少女のちょっと世知辛い冒険者生活 佳作太郎右衛門 @kasakutarou
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