第4話 すれ違い、追いつけない距離は……
体の調子も戻ってきたので、討伐をすることにした。
自由狩猟を受注するためにギルドの庁舎に赴いた。
アンカー「あ、金吾さん! 昨日はお休みみたいでしたね」
この気さくに話しかけてきたギルドの職員は、アンカー・フルベルト。金吾がまだ初心者冒険者だった頃からの顔なじみで今も親しく接してくれる数少ない人物だった。
金吾「アンカーさん、いつものをお願いします」
アンカー「はい、じゃあ冒険者証を確認します。注意事項は……まあおわかりですよね!」
金吾「はい」
手続きは滞りなく進む。だが、アンカーはふと真顔になった。
アンカー「……ちょっとお時間よろしいですか?」
金吾「……なんですか?」
アンカー「そろそろパーティを組むのもどうかと……」
金吾は目を伏せる。
金吾「そのお話は……」
アンカー「わかっています、しかし……金吾さんは経験も豊富ですし、今年は新人冒険者も多くて、金吾さんなら実績も申し分ないし、信用できる方なので何人かに紹介させてもらったんですよ! いい返事も何件か来ていて……そろそろ、いいんじゃないかと思って」
金吾は静かに首を振った。
金吾「……ありがたいんですけど、もう誰とも組まないと決めているんです。申し訳ございません……」
アンカー「そう、ですか……」
アンカーは残念そうに息を吐いた。
金吾「その他のことなら、私のできる限りのことですが、お受けいたしますので。下水の浄化作業とか、まあ、あれは実入りも良いですしね!」
アンカー「すいません、お時間を……」
金吾「いえ、私もお世話になっているアンカーさんのお頼みを断るのは心苦しいのですが、こればかりはどうも……それでは、失礼します」
金吾は庁舎を後にした。背中には迷いのない孤独の影が差していた。アンカーはその姿を苦い顔で見送る。彼がどれほど誠実で、どれほど経験豊富であっても、人は彼を遠ざけ、本人もまた人を拒んでしまう。自分自身、彼の潔白を知っているのに、立場上何も言うこともできない。
気持ちを切り替えるために、彼は深いため息をした。
――その直後。
メディアリア「あ、あの! 自由狩猟のクエストを受注したいのですが!」
慌てた声とともに庁舎へ駆け込んできたのは、銀髪の少女――メディアリアだった。
アンカーは笑顔で迎える。
アンカー「はいはい! それでは冒険者証を……おや? 君一人で自由狩猟かい?」
メディアリア「はい!」
アンカーが証を確認すると、自由狩猟の経験は二度。しかも簡易パーティでのものだけでソロは今回が初めてだった。
アンカー「まだDランクで、しかもソロは今回は初めてってことは、もしかして注意事項とか知らない、とか?」
メディアリア「えっ、あっ……前は、パーティの人が手続きをしてくれたから、すいません、わかりません……」
アンカー「謝らなくていいんだよ! んんっ、じゃあ説明させてもらうね。まず、自由狩猟ではこの魔石が支給されます。討伐した魔獣の頭数などが自動で記録されるので、必ず帰ってきたら提出してください!」
メディアリア「はい!」
アンカーは柔らかく笑い、丁寧に説明を始める。
魔石の使い方、討伐数の記録、提出義務。違法売買防止のための申告制度。
初心者がよくつまずく注意点を一つひとつ噛み砕いて伝える。
メディアリア「あの、魔獣を食べちゃったら、だめなんですか?」
アンカー「ちゃんと申告してくれれば全然大丈夫だよ! ただ、あまりにも討伐数と乖離していたら、ギルドでの査問を受けることになるから気をつけてね。まあソロだったら大体10頭くらいは大丈夫かな? ふふっ、あるSランク冒険者なんか、あまりの大食漢で、100頭くらい食べたって申告して問題になったことがあったけどね!」
メディアリアは目を丸くする。
メディアリア「それは……」
アンカー「まあそれくらい極端じゃなければ大丈夫。まさか、君もいっぱい食べちゃうタイプ?」
メディアリアは慌てて首を横に振った。
アンカー「はっはっは! 冗談だよ! 冗談冗談! あと、まあわかっているとは思うけど、鐘が鳴ったら城門が閉まるので、その場合は街の外で野営してもらうことになるから気をつけてね。初心者が城門の前で朝を迎えるなんてのはよくあることだから。かなりキツイよ?」
メディアリア「は、はい……」
アンカー「これで重要な説明は終わりかな。あと一応言っておくけど、クエストでの怪我などは自己責任だからね。もしも将来個人依頼を受ける、なんて時は契約によって保証が変わるから、気をつけるように!」
メディアリア「はい……」
説明が終わりかけたところで、メディアリアは小さく声を上げた。
メディアリア「あの、一ついいですか?」
アンカー「なんだい?」
メディアリア「……クゼキンゴさんって、ご存知ですか?」
アンカーの顔つきが変わる。
アンカー「……金吾さんを知っているのかい?」
メディアリア「いえ、その……先日助けてもらって、まだちゃんとお礼も言えなかったから」
アンカーは胸を撫で下ろした。
アンカー「金吾さんならさっき自由狩猟に出られたよ。いまからいけばもしかしたら追いつけるかもしれない」
メディアリア「そうですか! ありがとうございます!!」
メディアリアは深々と頭を下げ、急いで庁舎を後にした。
その背中には、孤児院出身の少女らしい不安を必死に拭おうとする確かな意思が感じられた。そう、多くの年端も行かぬ少年少女たちが見せるものだった。
――その多くが初めての年を越えることはない。
アンカーはそんな孤児院出身の少年少女を幾人も見送ってきた。彼女がその一人にならないように願うことしかできなかった。
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