第3話 差別とは時には正しい者がする

 金吾はギルドが用意した低ランク用宿舎に戻ると、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 ミノタウロス討伐の収入は大きかったが、疲労はそれ以上だ。

 討伐による臨時収入は確かに大きかった。だが、肉体的負担は決して安いものではない。

 戦闘で負った怪我もさることながら、我流の肉体強化魔法――「迅雷」は、使うと彼の体に著しい負担を課すものだった。

 魔力と体力を限界まで絞り出すその魔法は、一度使えば丸一日寝込まなければならない。強さを得る代償は、常に彼の肉体を削っていく。

 日課である魔法訓練もできなかった。指先に様々な属性の魔法を灯し、それを付けたり消したりする――地味で退屈な制御訓練だった。

金吾「効果があるのかはわからないがな」

 自嘲を込めた独り言も、もはや習慣の一部だった。

 ――翌朝。

 体の調子はまだ重かった。だが金吾はギルド庁舎へ向かった。

 高ランク冒険者が講師を務める講習会――慈善事業の一環として開かれるそれは、彼にとって知識を得る数少ない機会だった。

金吾「メリティアSランクの錬金講座を受講したい」

 受付嬢に告げると、彼女は苦い顔をした。

受付嬢「あっ……はい、ではこちらにお名前の記入と冒険者証の提示をお願いします」

 言葉は丁寧だが、態度は冷たい。金吾もまた、そっけなく応じる。かつてなら屈辱に顔を赤らめただろうが、今はもう慣れてしまっていた。ほんの一年前までは考えられない態度だった。

 ――それは、彼の過去が影響していた。冤罪による信用失墜。冒険者たちの間で「泥棒」と囁かれる存在。

「うわあ、嫌なやつが居るう! メリティア! 今日は授業しないほうが良いんじゃない?」

 甲高い声が響いた。ピンク色の髪をした小柄な少女――ロザリア・レンベルク。炎魔法の講義を担当するSランク冒険者だ。

 ロザリアは金吾を指差し、吐き捨てるように言った。

ロザリア「さっさと出ていきなよこの恩知らずの泥棒!!」

 金吾は何も言わない。

メリティアが慌てて取りなそうとするが、ロザリアは聞く耳を持たない。

ロザリア「こんなどろぼーになんで貴重な知識を教えなくちゃならないの??? まじサイアクー」

メリティア「今日は講義なんてないんじゃ……」

ロザリア「うっさいの!! メリティアは黙って!!」

 ロザリアは金吾に近づいた。

ロザリア「あんた、毎回私の講義に来ててウザイの!! もう来ないでくれないかしら?」

 金吾は徹底して口をつぐんでいた。

 反応のない金吾に対して、更に苛立ちを募らせるロザリアは、金吾の座っていた椅子を蹴飛ばした。

ロザリア「こんど私の講義に出席したら、灰にしてやるんだから!!」

 そう言い残し、ズカズカと立ち去っていく。

 傍らに居たメリティアは小さく頭を下げた。

メリティア「ご、ごめんなさいですぅ……」

 そしてそそくさと講義室へ消えていった。

 金吾にとって珍しいことではなかった。

 他の高ランク冒険者にも、彼を嫌う者は少なくない。冤罪の影は、どこまでも彼を追いかけてくる。

 今日も取れるだけの講義を受講して、知識を貪欲に吸収する。講義によってはその全てを金吾に対する嫌味で全く内容を進めないものも居た。

 それでも金吾は聴講をやめない。目的のために、ただひたすらに貪欲に知識を吸収する。

 その姿は、あまりにも孤独で、あまりにも惨めだった。

 

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