第2話 天使なメイドの裏の顔

 朝食は、パンと青臭い葉っぱと豆とスクランブルエッグのようなものだった。

 味付けは塩と油のみで、お世辞にも美味しいと言えるものではない。


 腹だけ満たしてくつろいでいると、RPG世界の町娘NPCみたいな格好をした美少女が俺の前までやってくる。


「お待たせしました、ユーリ様」


 白のブラウスの上から、刺繍の入ったグリーンベースのロングジャンパースカートを着ている。北欧の民族衣装みたいな格好だ。

 黒髪、そばかす、蒼い瞳。そして天使のような容姿を見るに、この娘はさっきのメイドさんなのだろう。


「えっと……その格好、何?」


「ユーリ様がデートをご所望でしたので、ドレスを着用して参りましたが……ご不満でしたら今すぐ使用人服に着替えてまいります」


「いや、全然! いつもと雰囲気違って見えたからちょっと戸惑っちゃっただけで、凄く似合ってるし、可愛いし、これで行こう!」


「ありがとうございます」


 メイドさんは揶揄うようにクスリと笑って、距離を寄せた。

 手を繋ごうってことなのだろうか? いや、ここは中世ヨーロッパ風の異世界なのだ。なら、こうかな。


 俺は背筋を伸ばし、肘が三角になるように手を後ろに回した。


「エスコートしてくださるのですか?」


「勿論だよ。今日は君が俺のお姫様だ」


「では是非、私を守ってください。騎士様」


 使用人とは思えないほど上品な仕草で、肘に手を置いた。

 現実世界なら恥ずかしすぎて出来ないやりとりだけど、中世風の世界観でやってみるとお芝居みたいでめっちゃ楽しい。

 

「あ、えっと――」


 メイドさんに話を振ろうとして、そう言えばこの娘の名前を聞いていないことを思い出した。しかし、どう聞いたものか。俺からすれば、この世界に来たのは今日が初めてだしこのメイドさんとも初対面だけど、このメイドさんは昨日もそれ以前もずっとこのユーリ・ベルモットに仕えてきたに違いない。

 なのに名前も知らないとあればこの良い雰囲気が台無しになってしまう。


 どう切り抜けたものか……。


 俺はこのお芝居みたいな雰囲気を利用してみることにした。

 一度手を放し、大袈裟に翻って自分から名乗ることにする。


「初めまして、美しいお嬢さん。僕はユーリ・ベルモット。君の名前はなんて言うのか、教えてくれないか?」


「どうしたんですか? 急に。まさかユーリ様、長年仕えてきた私の名前を覚えていないんですか?」


 流石に不自然だったか?

 メイドさんの冷ややかな視線に、嫌な汗が背中を伝う。


「い、いや。その……俺からすれば君は今日が初対面なんだ」


「……なるほど。そうですね。では私のことは、ティールとでもお呼びください」


「ありがとう、ティール。とても可愛らしい名前だね」


 恭しく貴族っぽい礼をして再び手を三角にすると、はもう一度手を乗せてくれた。これは……何とか乗り切れたのか?


 ティールを伴って町に出る。


 白い石を積み重ねた家が立ち並ぶ、ヨーロッパ風の綺麗な街並みだった。

 しかし……


「臭いな」


「臭い、ですか?」


 鼻が曲がりそうなほど臭い。これは土と家畜と、糞尿が混じったような悪臭だ。


「……ユーリ様は、平民の住む町を臭いと思われるんですか?」


 ティールが少し失望したように伺ってくる。


「そうだな。事実として臭いだろ。そしてそれは下水をちゃんと整備していないからだと思う」


「下水、ですか?」


「多分だが、この町は排泄物も洗濯も作物の土を落とすのも、全部同じ水路を使ってやっているだろ?」


「それが普通ではないのですか?」


「そしてその水路の水が当たり前のように表に流れている。多分、この町の水はどこも茶色に濁ってるんじゃないか? それじゃあ町が臭くなって当然だ。町が臭いと気分が悪くなるし、病気の元にだってなりかねん」


 中世ヨーロッパでペストが大流行したのだって、糞尿をその辺に垂れ流して不衛生な環境が日常化していたからだって聞いたことがあるし。


「では、どうするんですか?」


「下水道を作る。地下に汚くなった水を排出する水路を作って、表の水は綺麗なものが流れるように整備する。そうすれば町は臭くなくなるし、みんな嬉しいだろ」


「地下に汚くなった水を流す専用の水路を作る。そんな発想、ありませんでした」


 ティールが感心したように呟く。


 まあ、ヨーロッパで下水道が整備され始めたのは近世に入ってからだしな。

 俺も、現代日本に産まれて歴史やれ科学やれを学んでいなければこういうことは思いつかなかっただろう。


「家に帰ったら速攻で構想を練るか」


 好き勝手に生きたいのに、不衛生な町のせいで病気になったら元も子もない。


 ベルモット家はそれなりに権力のある貴族の家みたいだし、アイディアさえあれば割と何とかなるだろう。


 それから俺はティールと、下水を作るならどういう感じで敷いて行くかということを考えながら街を見て回った。


「汚くなった水を今は川に直接流しているみたいだけど、下水を作ったら農村部に流すようにしよう」


「農民は国家を支える礎です。汚い水を流すなんてしても良いのでしょうか?」


「糞尿は発酵させれば肥料になる。……実際農村部では、人間の糞尿を集めて肥やしにしているはずだ」


「そうなんですか!? ユーリ様は、ちゃんと民にも目を向けておられるのですね」


 そんなこんなで話しながら歩き回っているうちに、日が暮れていく。


 ライネが本当に下水整備に興味を持ったのか、それとも俺に気を遣ってくれただけなのかは理解らないけど、楽しそうにあれこれ聞いてくれたお陰で今日のデートはすごく楽しいものになった。


「ありがとうございます、ユーリ様。今日は本当に楽しいデートでした」


「こちらこそ、凄く楽しかったよ。良かったらまたこうして俺と街を歩いて欲しいんだが。どうだ?」


「そうですね。ではまた、今度は《私》とデートしましょう」


 今度、じゃないのか? と思ったけど、まあここで誤用を一々指摘して話の腰を折るのも気持ち悪いから気にしないことにする。


 そうして、去っていくティールに手を振って屋敷に戻った。


 そう言えば、ティールはうちの使用人だし一緒に帰らないのかな? と思ったけど、まあメイドでも朝から晩まで働きっぱなしってのも大変だろうし、普通に家に帰ったのだろうと思いなおした。



            ◇



「おかえりなさいませ、ティアラ王女殿下。婚約者様の様子は如何でしたか?」


「とっても、面白い方でしたわ!」


 黒髪の鬘とそばかすのメイクを落としたティアラ王女は人形のように無表情な側近の質問に目を輝かせて答えた。


「面白い、ですか?」


「ええ。遊び惚けてばかりで平民のことをただ見下している貴族の風上にも置けないドラ息子って聞いてたけど、噂なんて当てにならないわね。彼は平民の生活にもちゃんと目を向けていたし、それを向上させようと知恵も巡らせていたわ。まあ、誤解されそうな言い回しをすることもあったからそこで勘違いされてたのかもしれないけれど」


「なるほど。実際に顔合わせをする前に、使用人に変装して見定めに行った甲斐もあったというわけですね」


「そうでもないですね。きっと私がティアラだってことはユーリ・ベルモットには見抜かれていましたもの」


 でなければ、貴族であり婚約者もいる彼がただのメイドをデートに誘ったりするはずがない。


 それに、初対面だとか名前を改めて名乗ったりだとか……メイドがティアラ王女だと気付いてなければおかしい言動も多々あった。


「なるほど。つまり今日のが全て演技だった可能性もあるわけですね」


「あれだけの知識と見聞は一朝一夕で身に付くものではありません。人間性は見られませんでしたが、民を思う気持ちは本物だと思います」


 それに彼の言っていた『下水道』の整備は画期的でありながら、現実に即したアイディアだった。


「とりあえず、今日のことはお父様にもお話ししないと!」

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悪役貴族に転生した俺、どうせざまぁされるからと好きに生きてたらヒロイン全員攻略してた 破滅 @rito0112

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